その子の内側の体験の世界23
言語はまず「一語文」、つまり「単語表現」の習得からはじまります。事物にはそれぞれ呼び名(表現)があるという理解が生まれたときに、一語文が可能になります。最初は、じかに見たり触ったりできる実体的な事物の呼び名からはじまります。文法でいえば、名詞です。「マンマ」「ワンワン」「ブーブ」などです。
一語文の獲得には、いろいろな事物の名称を記憶して語彙を増やしていけばよいだけにみえますが、実はそれほど簡単ではありません。例えば子どもが猫を「ニャーニャ」と呼べるようになるためには、次のような気づきが必要になります。
猫の姿かたちは認知的(知覚的)には一匹一匹みんな違います。三毛もいれば黒や白もいます。しかし、認知的にはそれぞれ異なったものでも、なんらかの共通性をつかみとって、その共通性によって認識的には「同じもの」ととらえることができます。事物の呼び名とは、個々の「事物」についている名称ではなく、そうしてつかみとられた「種類」の名称なのです。この気づきがあって、はじめて言語は可能になります。
異なるものから共通した性質を見いだし、ひとつの種類としてとらえる心のはたらきです。これが「抽象能力」と呼ばれるもので、乳児期からの旺盛な探索活動でまわりの実体的事物の様々な性状を認知的にとらえ分けてきた蓄積が、ここで有効的にはたらくのです。
なので、子どもが事物の呼び名を言葉として覚えるには、試行錯誤が必要となります。例えばわが家の白い猫を「ニャーニャ」と覚えた子が、庭を歩く犬や動物園の熊を見ても四本足という共通性で「ニャーニャ」と、白い毛糸のかたまりも白くふわふわしているという共通性で「ニャーニャ」と、ときには自動車も動くものという共通性で「ニャーニャ」と呼ぶかもしれません。どれも間違いではありません。
子どもが犬を「ニャーニャ」と呼べば、きっと周りの大人は「あれはワンワンよ」と訂正してあげます。子どもの方も呼んでみてこれでいいのかなというふうに大人の反応をうかがったりします。こうした相互交流がさかんに行われながら、そこから様々な事物をどんな共通性で括って、ひとつの種類として把握するかという社会的な約束つまり言語を子どもは学んでいきます。言い換えれば、だんだんに認識的な世界のとらえ分けがはじまるのです。
次回に続きます。