神経細胞(ニューロン)の維持と成長に関わる神経栄養因子
前回、BDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすためには「自発的に運動する」ことや「環境の富化」が必要です。と述べました。つまり、ここでも私が説く「楽しく、心地よい運動」が実証されました。
それでは、どのような「自発的に運動する」ことや「環境の富化」が効果的なのでしょうか。アメリカの医学博士ジョンJ.レイティ著「脳を鍛えるには運動しかない」NHK出版を参照にして、ご紹介したいと思います。
心血管系と脳を同時に使うスポーツ、例えばテニスをするか、あるいは10分ほど有酸素運動でウォーミングアップをしたのちにロッククライミングやバランスの訓練といった酸素消費量が少なく技能を必要とする運動をするやり方です。有酸素運動が神経伝達物質を増やし、成長因子を送り込む新しい血管を作り、新しい細胞を生み出す。一方で複雑な動きは、ネットワークを強く広くして、それらをうまく使えるようにする。動きが複雑であればあるほど、シナプスの結びつきは複雑になる。また、こうしたネットワークは運動を通して作られたものではあっても、ほかの領域に動員され、思考にも使われる。ピアノを習っている子どもが算数を習得しやすいのはそのためだ。前頭前野は、難しい動きをするために必要な知的能力を、ほかの状況にも応用しているらしい。
ヨガのポーズ、バレエのポジション、体操の技、フィギュアスケートの基本、ピラティスの姿勢―これらすべての練習には、脳全体のニューロンがかかわっている。そして例えば、ダンサーを対象とするいくつかの研究によれば、規則的なリズムに合わせた動きよりも、不規則なリズムに合わせた動きの方が脳の可塑性が向上するという。なぜなら、普段とはまったく違う動きをすることで、脳が学習をしていくからだ。ヘップのラットが賢くなり、グリーノーのラットのシナプスが増えたのと同じ理屈だ。
歩く以上に複雑な運動技能はすべて、学ばなければ身につかないため、どれも脳を刺激する。始めは少々ぎこちなくて格好悪くても、小脳と大脳基底核と前頭前野をつないでいる回路がスムーズに流れるようになるにつれて、動きは正確になっていく。何度も繰り返すことでニューロンの軸索の周りの髄鞘も厚くなっていき、信号の質や伝達速度が向上し、回路はより効率的になる。空手を例に挙げれば、ある型を習得すると、より複雑な動きにそれを組み入れられるようになり、じきに状況に応じた反応も洗練されてくる。同じことがタンゴのレッスンにも言える。パートナーの動きに合わせなければならないため、注意力や判断力、的確な動きへの要求はますます高まり、状況は飛躍的に複雑になっていく。楽しさと社交的要素が加わると、脳と筋肉の組織全体が活性化する。そうすると次の課題に取り組む準備が整う。それが大切なことなのだ。
(p70-p71)
ここで間違った理解をする方が大勢いらっしゃるので、補足いたします。
一点目は、運動は、指摘されたり、処方されたり、指示されたり、強制されたりなど自分の意思でない運動は、ストレス状態になります。
運動は、自発的な「楽しく、心地よい」運動に限ります。
二点目は、運動の型を習得するものではありません。よく、スポーツ指導者や学校の顧問の方には、自分の習得した型どおりの一点目のように指導する方や学習のように正しいものが一つしかないような教え方をしますが、そのような運動は、自発的な「楽しい、心地良い」ものにはなりません。
運動は、自分なりに「普段とは違う複雑な技を組み立てる」運動を意味しています。
三点目は、脳が身体を支配し、調節していると考えている方です。大抵の方はそう思っていらっしゃるかもしれませんが、実はそうではないのです。
学校の学習である知識は豊富なのですが、身体の動きがアンバランスな子がたくさんいらっしゃる現状です。知識脳では自分の身体を滑らかに動かすことはできないのです。
運動とは、前述のジョンJ.レイティ博士の例のとおり、自分の「身体そのものが情報処理器官」である運動です。簡略的に説明しますと、「身体が脳をつくっている」ことになります。
一点目と二点目は、ご理解できると思いますが、三点目につきましては、まだまだ理解できないスポーツ指導者や中学校の部活の顧問の方が多いのです。また、保護者の方も勝つことがスポーツであり、部活動だと思っていらっしゃる方が大半だと思いますが、子どもにとっては、スポーツは、自分にとって「楽しい、心地よい運動」なのです。
当法人の活動は、子どもたちが「楽しい、心地よい運動」を通して、子どもたちの「身体そのものが情報器官」を経由して、それぞれに明日に向かって伸びしろのある、子どもの心身の発達を促しています。
このことが、「自発的に運動する」こと、そして「環境の富化」であり、BDNF(脳由来神経栄養因子)を増やす、神経伝達物質の分泌量を適量に確保する、神経細胞(ニューロン)と神経細胞(ニューロン)の接点であるシナプスを増やすことになるのです。つまり、身体を通して脳をつくっていることになります。
これが、子どもの心身の発達を促しているのではないか。また、神経発達症(発達障害)のケアにもなるのではないかと思いまして、コラム「脳を育てる」から今まで解説してきました。
わが子の「楽しい、心地よい運動」は何でしょうか?早々に見つけてあげてください。子どもには「楽しい、心地よい運動」が薬です。保護者の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、子どもたちにとって「楽しい、心地よい運動」は、子どもたちの日々のストレスの解消にもつながるのです。
次回に続きます。