民法の法定相続分は守らなくてもいい?
遺産相続の対象となる財産は、現金、預貯金、不動産などはもちろんですが、それ以外に株式や事業用の資産、債務(借金)なども含まれます。したがって、自営業者や会社のオーナー経営者の方は、自分や家族が個人として保有・使用している資産(家計用の現金、預貯金や自宅不動産)の相続以外に、自社株式や事業用資産の相続についても、対策する必要があります。
例えば、個人事業主であればお店の営業用としての資産(営業用の現金や預貯金、店舗の不動産、営業の設備、在庫商品など)が、直接遺産(相続財産)となりますし、会社のオーナー経営者の方であれば、会社の預貯金や不動産は会社名義で保有していることが多いと思いますが、その会社の株式(自社株)が遺産(相続財産)となります。
したがって、例えば長男などがその事業を継ぐ場合には、その長男に個人としての遺産相続とは別に、株式や事業用資産を相続させる必要があります。ここで何も対策をしていないと、問題が生じる可能性があります。
例えば、オーナー社長である父が亡くなって、相続人は母と、長男であり後継者であるAさんと、二男でサラリーマンのBさんがいるとします。主な遺産は自宅と自社株で、個人名義の預貯金はそれほどありません。自宅は母がまだ住んでいるので母が相続し、自社株は後継者のAさんが相続しようとしています。しかし、そうなると、Bさんが相続する財産がわずかな預貯金のみとなりますので、Bさんが遺産相続に不満を持ち、争いになる危険性があります。
遺産相続では、父に遺言がない場合は、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。そして、遺産分割協議がまとまるまでは、遺産は法定相続分で共有されます。その際に、株式については一株一株が法定相続分による共有状態となります。ここで注意しなければならないのは、例えば父が100株を持っていた場合に、法定相続分に応じて母が50株、長男Aが25株、二男Bが25株を相続することにはならないことです。あくまで「一株一株を、母が2分の1、長男と時間が各4分の1の持分で共有する」ということです。
そして、共有状態のままでは株主総会で議決権を行使することができませんので、相続人全員で協議して、株式の権利行使者を1名選定する必要がありますが、協議が成立しない場合には、共有物の管理は持分の過半数によって決せられますので、持分の過半数を有する相続人(あるいは相続人グループ)が推薦する者を権利行使者として選定することになります。
したがって、もし母が二男Bさんの味方に回ると、Bさんが母の分と合わせて「4分の1+2分の1=4分の3」となり持分の過半数を占めるため、父が持っていた議決権の100株分を、まるまる行使することができます。そのため、場合によっては株主総会においてAさんを取締役から解任したり、Bさんを取締役に選任したりすることができます。
また、その際に、Aさんがすでに自分の名義で50株を保有していたとしても、「母+B連合」が上記のように100株分の議決権を行使することになるため、「A:50株」対「母+B連合:100株」となり、「母+B連合」に過半数どころか3分の2を握られてしまうことになります。先の説明の通り、「母50株+B25株=75株」対「A25株+もともとの50株=75株」とはならないのです。
したがって、対策としては生前にオーナー社長である父が遺言や生前贈与で自宅や株式、事業用資産を誰が承継するかを明確にしておくことになりますが、その場合でもBには遺留分がありますので、Bに相続させる分の財産を別途確保しておく必要があります。
ところで、「まじめな経営者」ほど、個人としての資産(私財)を蓄えず、利益は会社に再投資するか、従業員に賞与などで分配する傾向があります。しかし、ある程度は個人資産を蓄えておかないと、この例のように事業を承継しない相続人Bに相続させる財産を確保することが出来ませんし、場合によっては相続税の支払いに困るケースもあります(相続税の話はいずれ別のテーマで取り上げます)。
一般に「経営者の相続対策」イコール「相続税の節税」と捉える方も多いようですが、節税とは別の次元で、事業承継の対策が必要となってきます。会社が創業者一族の相続争いに巻き込まれると、従業員の士気も下がりますし、取引先や金融機関から愛想を尽かされる可能性もあります。結果業績が下がり、最悪倒産となり、従業員の雇用を守れなくなるケースもあります。
経営者の方は元気なうちこそ、相続や事業承継の対策を練っておく必要があります。