遺産相続の話は、誰から切り出すのが良いか?
前回、相続人が二人の姉妹であり、姉は結婚して他家に嫁いでいったが、妹は独身のまま実家に残り、親の面倒を看ていた。その後父母が相次いで亡くなり、遺産相続の話になったが、妹は「お姉さんは嫁入りの時や家を建てるときに親から多額の生前贈与を受けているので、残った遺産は私が相続したい」と主張した例を紹介しました。
ここで、その妹さんが、晩年に体が不自由になった親の介護をしていた場合には、さらに遺産相続が難しくなります。とりわけ、妹さんが親の介護を献身的に行った結果として婚期を逃していた一方で、他家に嫁いでいった姉は親の介護をほとんどしなかったケースでは、例えそのお姉さんが親から生前贈与を受けていなかったとしても、遺産を2分の1ずつ分けることが、果たして「公平」であるかという問題があります。
このような場合の遺産相続について、民法第904条の2では「寄与分(きよぶん)」という制度が設けられています。
「共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付,被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。」
例えば、亡くなった父親とその長男が一緒にお店を経営していました。長男の才覚や努力の結果としてお店が繁盛し、父親の財産も増えて2億円の財産を遺しました。この場合、相続人が兄と弟で、弟がサラリーマンで特に父親の事業には関与していなかった場合に、財産を1億円ずつ兄弟で分けるというのは「公平」ではありません。そこで、このような場合には、兄の父の事業に対する貢献度(寄与分)を例えば1億円と評価した上で、残りの1億円を法定相続分で兄弟5千万円ずつ相続し、兄はこの5千万円に寄与分の1億円を足した1億5千万円を相続するという制度です。
また、先の例のように、亡くなった方の財産を「増やす」ことに貢献した場合だけではなく、「維持した(減るのを防いだ)」場合であっても、寄与分の制度は利用できます。したがって、子が親の介護をした場合についても、その介護がなければ親は自分の財産を取り崩して、有料の介護福祉サービスを利用せざるを得なかった場合については、寄与分を主張できる可能性はあります。
ただし、寄与者として認められるためには、被相続人の財産の維持または増加につき『特別の』寄与をした者でなければなりません。したがって、単に一生懸命介護をしたとか、精神的に支えたということだけでは寄与分は認められません。
特に、子が親の身の回りの世話や介護をすることについては、民法上の扶養義務に含まれると考えられます。つまり、「子が年老いた親の面倒を看るのは当然」という考え方です。もちろん、扶養義務は子それぞれに課されますので、特定の子のみが親の面倒を看て、他の子はまったく関わらないというのは不公平には違いありませんが、それが遺産相続の問題となると、すぐにその貢献度が認められるとは限らないのです。
また、「特別の寄与」が認められたとしても、その貢献度をどのようにお金に換算するかの問題もあります。この点、民法では「共同相続人の協議で定めたその者の寄与分」と定めていますが、遺産分割協議は相続人全員の合意があれば法定相続分には縛られませんので、親の介護を献身的に行った相続人に遺産をより多く相続させることについて他の相続人全員の合意があれば、あえて寄与分を主張する必要はないわけです。
実際には、協議で決まらないからこそ寄与分をあえて主張することになるため、結局は家庭裁判所での調停や審判で判断を仰ぐことになります。そうなると、寄与分を主張する側が、『特別の寄与』であることと、金額の算定根拠を示さなければならないことになります。
そして、何よりも、相続人の間で感情的な対立や遺恨が残ります。こうしたことを予防するには、やはり親の側で遺言を作成するなどして遺産相続の方針を明確にしておく必要があります。