証拠保全か?カルテ開示か?
私が以前感染症に関するコラムを書いたのは、もう9年近くも前のことだったようです。
このコラムでも、抗菌薬(抗生物質ともいいます)を濫用することによって、抗菌薬に耐性を持つ耐性菌が出てきてしまう恐れがあることを説明しました。
また、そのために、抗菌薬の適正使用を推奨する動きが増えてきていることも説明しました。
抗微生物薬適正使用の手引き
その後、わが国でも、2017年6月に、「抗微生物薬適正使用の手引き」が発行されました。
この手引きの対象は、主に外来診療を行う医療従事者とされており、入院診療を網羅した内容とはしていないとされていますが、それは入院患者のような人への投与の場合により高度な判断が求められる可能性があるからだと思いますので、外来診療で処方されるような経口薬(飲み薬のことです)については、入院患者への投与も基本的にこの手引きの趣旨が生かされて当然ではないかと思われます。
この手引きは、現在第2版に改訂されていますが、基本的な内容が大きく変更されているわけではありません。
小学生以上については、感冒(風邪のことです)には基本的に抗菌薬を使わないことが推奨されており、やや重い急性鼻副鼻腔炎 (鼻の症状が中心の風邪症状)や溶連菌が検出された場合の咽頭炎(のどの痛みが中心の風邪症状)の場合にだけごく限られた抗菌薬の投与を検討してよいとされています。
下痢症状にも、基本的に抗菌薬を使わないことが推奨されています。
小学生未満についても、感冒には基本的に抗菌薬を使わないことが推奨されており、遷延性(長期化しているという意味です)や重症(39℃以上の発熱や濃い鼻汁3日以上続いているような場合)の場合や、溶連菌が検出された場合の咽頭炎の場合に限り、ごく限られた抗菌薬の投与を考えることとされています。
下痢症状にも、基本的に抗菌薬を使わないことが推奨されており、生後3か月未満の乳児のごく限られた場合に検討されるとされています。
抗菌薬使用の現実
このような状況であれば、外来診療はもちろん、入院患者に対しても、風邪症状が疑われる程度の場合には、基本的に飲み薬の抗菌薬を使うことはほとんどなさそうにも思えます。
しかし、現実には、未だに安易な抗菌薬の使用が行われているケースが少なくありません。
もちろん、当該医師が、正しい医学的な根拠をもってあえて使用したというのであれば、当然使用が許されるべきケースももちろんあると思います。
しかしながら、「抗微生物薬適正使用の手引き」が発行されてからももう5年以上が経過した現在、過去の経験を根拠に抗菌薬の投与を続けている医師がいるとすれば、それはそろそろ医療水準に反すると言われても仕方ないと評価されるべきなのではないでしょうか。
医学の素人であるはずの一弁護士でも気づくことができる話ですから、ぜひ、専門家である医師のみなさまには、抗菌薬の適正使用を守っていただきたいと思います。
また、この点が問題となっった医療裁判において、裁判所が、医療水準というものを適正に評価してくれることを心から祈るばかりです。