主従関係を崩す言葉
子どもたちは、放課後の自分の暮らしのスケジュールを作っていますが、多くの子どもたちの生活パターンがある程度固定化してきました。
それは、帰ったらおやつを食べ、勉強をし、勉強が終わったら、仕事、読書、遊びをするという生活パターンです。
帰りの時刻が、日によって変わりますが、時間を調整しながら、このパターンで生活しています。
中には、時計を見ながら、時間を変更して、調整しながら、充実した生活をしている子もいます。
お迎えの時刻が、早くなる事がわかっていると、時には、活動内容を減らして、生活を組み立てる子もいます。
生活のリズムが出来上がると、生活が安定し、落ち着いた環境を作り上げる事ができます。
最近では、勉強時間が重なる事が多く、静かな環境の中で、集中して学習している姿が、多くなってきました。
子どもたちにとって、よい習慣が身についてきたと考える事ができます。
一度習慣が身につくと、その習慣を維持しようと「静かにして」と注意する子や、仲間の取り組み方に「これしたら?」と助言をする子も現れてきます。
このような子どもたちの自立した姿が、学習、仕事、読書する姿を高めているように感じます。
自分の計画を優先して、うまく友達と関わったり、相手の計画を尊重したりして充実した生活を送っている姿もあり、私自身が関わる事が減り、口数も少なくなってきました。
これらのことから、習慣を身につける事が、子どもの自立には大きな影響があるように思います。
子ども自身が、自分でする事を決め、決めた事を実行する事の習慣が、そのまま、生活につながっていったように思います。
そして、この事は、一人では、なかなかできませんが、仲間と一緒に取り組むからできたように思います。
私が行っている放課後の子ども預かりが、子どもたちの自立を促すよい場になっていると改めて感じています。
学童保育を授業の終了後に適切な遊びや生活の場を与えて、児童の健全な育成を図る保育事業と考えている以上、子どもの自立は望めません。
子どもに任せれば(やりたいことをやりたいだけさせれば)、子どもが育つわけではありません。育つ方向を示す指導が必要です。
預かりの場ではなく、教育の場ととらえる事こそが、子どもの健全な育成につながると思います。
そして、保育や福祉と言う考え方を改め、教育の場と捉える事の方が、保護者の家庭生活を支えるよい機会にもなると思います。
「預かってもらえるだけでも、ありがたい。」という保護者の思いに甘えているツケが、子どもの将来に大きな影響を与えると思います。
幼い頃に身につけた習慣が、そのまま将来に役立つと考えると、どんなよい習慣を身につけるかがとても重要になります。
このまま行政の言いなりになっていると、自立からかけ離れた依存した子どもに育っていくのではないかと危惧しています。
(わがままな子どもしか育たないのではないかと思います。)
よい習慣を身につける折角のよい機会が、生かされていないように思います。
一番大事にしなければならない家庭を蔑ろにしてはいけないと思います。
預かってもらった子どもが、どんな生活を家の中で過ごしているのかを見極める必要があると思います。