痛みへ寄りそえるために必要な現象の理解
目次
「健康な人間」の条件
精神分析のフロイトの言葉に、
「健康な人間にできることは、愛することと働くこと」
というものがあります。
私が青年たちの支援活動を行っていて、
彼らに一番望むものは、
愛することができるようになってほしい
ということです。
何ものかを愛することは、
すべての原動力となるからです。
青年たちが抱える“愛されたい”という渇望
青年たちは、愛されることに飢えています。
愛されることに渇望するあまり、
愛することを忘れてしまっているかのようです。
受け取ることばかりに集中しすぎると、
与える力が育ちません。
ここに停滞の構造があるのです。
働くとは「誰かの役に立つ」こと
「働かざる者、食うべからず」
「食うために働く」
確かにその側面はあります。
しかし、働くことは、
誰かの手間を肩代わりすることであり、
役にたつことです。
だとすれば、
より愛することのできる人のためにこそ、
労を惜しまず手助けしたい、
役立ちたいと思いませんか?
働くことは愛の表現
ですから、「働く」ということは、
愛情の一表現であり、
愛することと働くことは表裏一体なのです。
「労働」を使役されることととらえれば、
愛だのへったくれだなどと
言ってられないでしょうが、
同じやるなら、
愛することととらえてみてはどうでしょう。
「食うために働く」から「働くために食う」へ
そうなると、
「食うために働く」のではなく、
「働くために食う」ことになります。
働くことが主目的となるわけです。
人を愛せば、働きたくなります。
一生懸命働けば、今度は周囲から愛され、
求められます。
そうしたら、もっともっと働きたくなります。
本当の愛とは「活かすこと」
ここで言う愛するとは、
「自分のものにしたい。独占したい」
ということではありません。
全くその逆です。
“個”の存在とし認め、尊重し、敬うということです。
相手を“活かす”という愛情です。
自己都合に合わせようとするものではありません。
依存しない自立は、相互に活かし合う関係から生まれる
互いが相手を活かしあってこそ、
依存しない自立した主体的な生き方ができます。
奪う関係ではなく、与え合う関係。
そこに健全な社会参加の土台があります。
自分を愛せなくなった子どもたち
自分を愛することも
教えられなかった子どもたちが、
自分を粗末にする生き方を
選んでしまっているようです。
自分を活かすことができない。
だから他者も活かせない。
ここに、ひきこもり問題の真相があります。



