自分が生きてきたことに意味を持たせ納得する
定期的に通おうと心に決めていたのに、後回しにしてしまっていた歯のメンテナンス。
先日、2年ぶりに行ってきました。
そこで告げられたのは、この2年間で悪化した口腔内環境の危機的状況。
その日から、朝と夜のルーティーンに新たな仲間が加わりました。
デンタルフロス
クリニカ なめらかスリムフロス ワックスコート40m
ドラッグストアに並ぶ、膨大な数のお手入れグッズ。
その中から選んだ、誰もが認めるスタンダード。
唯一無二であり、歯のお手入れの原点。
この分野のセルフケアで、手作業に勝るものを今のところ私は知りません。
生成AIがどれほど進化しようが、そんなことは口腔内環境に一切関係ありません。
もう歯ブラシだけでは、歯茎を健康な状態に保つことは難しい。
どうやら、自分の口腔内環境の維持方法を、ゼロから再構築する必要があるようです。
メンテナンスを怠った代償です。
形ある歯も、形ない理念も「メンテナンスを放棄した瞬間から崩壊が始まる」というエントロピーの法則では同じですね。
秩序を維持するためには常に循環を生み、環境に最適化し続けなければなりません。
自分の歯の健康寿命を延ばして、自分が好きなものを食べ続けられる喜びを得るためです。
全部自分のためなのに、最初はとってもめんどくさい…。
そのうち、毎日飲むヤクルトと同じように依存して、やらないと不安になるときが来るのでしょう。
歯も、理念も、そして自分自身の在り方も「一度整えたから大丈夫」という過信が、静かな崩壊を招きます。
今回のシリーズは、私が直面した「理念をゼロから再構築する」という過程を追いかけながら、自らの「原液」をどう調合し直すべきかについて考えてみます。
タイトル回収できてる…ことにしよう!
一度定めた理念を無かったことにする?
私には、約2年前に定めた「核」とも言える「信念」があります。
そして、その信念から生まれた、何種類かの「原液」があります。
それが小説Spellのキャリア理論であり、教育理念、そして企業理念です。
今回、この理念について「ゼロからの再構築」を勧められました。
正直最初は「あり得ない」と思いました。
大震災以後、10年以上の時間を掛け、世界の境界線を彷徨うような極限状態の中で、命懸けで辿り着いた理念ですから。
全く揺らぐ気がしませんし、変えるつもりは微塵もありません。
自分では一部の隙も無い理念だと思っていましたから。
ただ、私とは別の角度から物事を観れる人の話では、整合性の取れていない部分があるそうです。
このままでは失敗すると。
経験に勝るものは無いというのもまた事実。
私は相当捻くれていますが、結構素直な所もあります。
そこで、一度全て分解してのゼロからの再構築を行うことにしました。
誰にも真似できない唯一無二のモノを創るために。
私にとっては、複雑でレシピの無い「原液」の再調合。
そして、まだ行っていなかった「信念の言語化」までやるつもりです。
現在の理念に辿り着くまでの過程。
昨年、自分の経験と思考を、時間が許す限り言語化して文字に起こしました。
3ヶ月くらいかけてWordに確か18万文字くらいです。
空いている時間のほぼ全てをそれに費やしました。
核心的な部分は伏せて書いたので、今こうやってnoteに記事として書いています。
そしてそれを、一言で表現できる長さにまで要約する作業をしました。
料理で例えれば、あらゆる素材から出汁を取り、料理のベースとなるものを調合したようなイメージです。
フレンチでいう「ブイヨン」
イタリアンでいう「ブロード」
和食でいう「ダシ」
それを私は「原液」と呼んでいます。
人がこれまでの人生で直面した葛藤や憤りが凝縮された末に抽出された「純度の高い自分らしさ」です。
この原液こそが、情報過多の現代で、その人の軸となります。
作り方も手順も人によって様々ですから、そのレシピを知らなければ、いや知っていたとしても、全く同じ理念は生まれないと思っています。
しかし、自分という素材から純度の高い自分らしさを抽出しようとする過程そのものは、時代や職業を問わず共通しています。
料理人によって、同じレシピでも料理の味は変わるそうです。
大好きな作品「グランメゾン東京・パリ」が、それを証明してくれています。
その辺が唯一無二である理由です。
料理とは科学であると同時に概念。
キャリアとは物理学であると同時に概念。
そんな感じです。
今回ゼロから再構築する際のキーワードは三つ。
誰もが望み
唯一無二であり
真似できないもの
「そしてその核となる信念」
もはや新しい文化を立ち上げるくらいの密度です。
「ブランディング」ですね。
協力してくださる方との対話を通して再構築していきます。
私の中にある材料は変わらないわけですから、変わるとしたら外的要因ともいえるタイミングと環境です。
そして料理人と私自身のアイデンティティー。
そこを現在の状況に最適化する必要性があることは理解できます。
今回は理念を「一言」のレベルまで圧縮する必要があるようです。
もう2年も拗らせているので、今更焦っても仕方ありませんから、せっかくなので、楽しんで取り組みたいと思っています。
ここまで深く掘り下げる場合、それを受け止められる相談相手でなければ成立しません。
キャリアコンサルティングで差が出るのは、その人の受け止められる許容量に差があるからです。
自らの経験から、そのことを実感してきています。
今まで一体何人離れていったことか…。
なので「中身(原液)」を伴わない「形式(ラベル)」だけの流通を見かけると、現代社会で必要とされていることの本質が薄れてしまっていることを実感します。
原液を調合する過程を逆にして、既製品のラベル(資格や肩書き)という「外付けの定義」で自己満足する。
この安易な構造が社会全体の不協和音を招いているような気がします。
世の中には色々な文化があります。
代表的なところだと「感謝」と「友達」辺りでしょうか。
これらは日常生活の中で、自然に生まれる感情であり存在なのですが、順番を逆にして、形式的な感謝や友達を先に求められる場合がります。
効率を優先するようになった、現代の社会構造のようにも感じています。
その人らしさを殺して、形だけ整えた構造は、この先どれぐらい維持していけるのでしょうか?
例えば、民間の資格全般で言えることですが、資格を取ることは、業界に入る最低限の許可を貰ったに過ぎません。
それがゴールだと思わずに、より理解を深めていく努力をする。
国家資格なら多少は信頼性がありますが、ほとんどは上納金を納めれば貰える単なる肩書きです。
誰が何のために、それによって誰が喜ぶか。
今回の理念の再構築にはもう一つ段階があります。
具体的なものにするためです。
誰がやるのか
何のためにやるのか
誰が喜ぶのか
「ターゲッティング」ですね。
これも掘り下げて再構築していきます。
揃っている材料で、具体的な調理方法と味付けを組み立てる作業。
次回からその取り組みの過程を書いてみようと思います。
ハレーションが起こらない程度に。
あなたは、自分の人生という料理の「原液」を、今の自分に合わせて調合し直す覚悟を持てますか?


