ベテランは歩合給、新人は固定給――採用のために変えた賃金制度が、定着の課題になる?
運送業・企業型DC・助成金専門社会保険労務士の吉元です。
「うちは毎月、固定残業代を払っているから大丈夫」
運送会社の賃金制度について、こうした説明を受けることがあります。
しかし、固定残業代を支給していることと、法律上必要な割増賃金を適切に支払っていることは、同じではありません。
特に、基本給、歩合給、各種手当を組み合わせた賃金体系では、固定残業代の位置づけが曖昧になっていることがあります。
今回は、固定残業代の基本的な性質と裁判例から、運送会社が確認しておきたいポイントを考えます。
1.固定残業代は「固定給」ではない――その理由は?
固定残業代は、毎月一定額を支給する賃金です。
しかし、毎月定額で支払うからといって、基本給と同じ性質の賃金ではありません。
その理由は、何に対する対価として支払う賃金なのかが異なるからです。
基本給は、通常の労働時間に対する賃金です。
一方、固定残業代は、時間外労働などに対する割増賃金として、あらかじめ一定額を支払うものです。
したがって、適切に定められた固定残業代は、毎月定額で支給していても、実務上は基準内賃金ではなく、基準外賃金として区分します。
では、
【なぜ固定残業代を割増賃金の計算基礎から除外するのでしょうか。】
それは、固定残業代が割増賃金を計算するための通常の賃金ではなく、計算された割増賃金に充当するために支払われる賃金だからです。
例えば、基本給25万円、固定残業手当5万円の場合。
適切に固定残業代として認められる5万円は、割増賃金の計算基礎となる通常の賃金には含めません。
基本給などを基礎に計算した割増賃金と、すでに支給した固定残業手当を比較し、不足額があれば追加で支払います。
ただし、
【手当の名称を「固定残業代」とするだけで、この取扱いが認められるわけではありません。】
何に対する対価なのかを明確にし、通常の賃金と区別できることが重要です。
なお、「基準内賃金」「基準外賃金」は実務上の区分です。割増賃金の計算基礎から除外できるかどうかは、手当の実際の性質に基づいて判断します。
2.「業務手当」が固定残業代?――支給目的を明確にする
例えば、次のような賃金体系です。
基本給:250,000円
業務手当:50,000円
月額給与:300,000円
会社では、業務手当50,000円を固定残業代として支給しているつもりだったとします。
しかし、従業員は、その業務手当が何に対する賃金なのか理解しているでしょうか。
私は、
【固定残業代として支給するのであれば、ひと目で何に対する対価なのか分かるようにすべき】だと考えています。
例えば、手当の名称を「固定残業手当」とし、就業規則・賃金規程、雇用契約書や労働条件通知書、給与明細で、その性質や支給条件を明確にすることです。
「業務手当」という名称を使う場合でも、固定残業代として支給するのであれば、その旨を明記することが望ましいでしょう。
また、何時間分のどの割増賃金に相当するのか、不足額をどのように精算するのかについても、明確にしておく必要があります。
【会社が残業代として支払っているつもりでも、従業員に伝わっていなければ、労使間の認識に違いが生じます。】
3.「業務手当」が時間外労働の対価として認められた裁判例
参考になるのが、**日本ケミカル事件(最高裁判所第一小法廷・平成30年7月19日判決)**です。
この事件では、薬剤師に支給されていた月額101,000円の「業務手当」が、時間外労働などに対する賃金として認められるかが争われました。
最高裁が業務手当の対価性を認めた背景には、次のような事情がありました。
① 書面で支給目的が明確にされていた
雇用契約書や採用条件確認書には、業務手当が時間外労働に対する手当であることが記載されていました。
また、賃金規程にも、その支給目的が定められていました。
② 手当の金額と時間外労働の実態が大きくかけ離れていなかった
業務手当101,000円は、約28時間分の時間外労働の割増賃金に相当する金額でした。
実際の時間外労働の状況とも、大きな乖離がありませんでした。
最高裁は、こうした事情を踏まえ、業務手当が時間外労働などの対価として支払われたものと認めました。
この判例で重要なのは、
【「業務手当」という名称でも認められたことではなく、支給目的が書面で明確にされ、実態とも整合していたこと】です。
ただし、裁判所が個別の事情から対価性を認めたことと、会社が最初から分かりやすい賃金制度を設計すべきことは、別の話です。
私は、従業員にとって分かりにくい名称や説明を、あえて採用する必要はないと考えています。
4.運送会社では、賃金制度と労働時間管理を一緒に確認する
運送会社の場合、固定残業代だけを確認しても、問題の全体像は見えてきません。
例えば、次のようなケースです。
① 歩合給と固定残業代を組み合わせている
基本給、歩合給、固定残業手当が混在する場合、それぞれの賃金の性質と割増賃金の計算方法を整理する必要があります。
② 荷待ち時間や荷役時間を適切に把握していない
運転時間だけでなく、荷待ち、荷役、点呼などについても、実態に応じた労働時間の判断が必要です。
③ 固定残業代を超える割増賃金を計算していない
毎月同じ金額を支給していても、実際の労働時間から計算した割増賃金との比較がなければ、不足額を確認できません。
④ 賃金規程と給与明細が一致していない
賃金規程には固定残業代の定めがあるのに、給与明細では支給目的が分からない手当になっている場合などです。
運送会社の固定残業代を点検するには、賃金規程だけでなく、実際の運行、労働時間の記録、給与計算まで確認する必要があります。
5.固定残業代は、長時間労働を認める制度ではない
固定残業代を支給していても、時間外労働の上限規制や改善基準告示を守る必要があります。
また、固定残業代を導入した目的も確認しておきたいところです。
毎月の収入を安定させるためなのか。
採用時に一定の給与額を提示するためなのか。
給与計算を簡素化するためなのか。
導入した当初は合理的な理由があったとしても、運行内容や労働時間、賃金体系が変われば、見直しが必要になることがあります。
【固定残業代を支給しているから安心するのではなく、現在の賃金制度と労働時間の実態が一致しているか。】
そこを確認することが重要です。
【自社の固定残業代は、適切に運用されていますか?】
「固定残業代が何時間分なのか、説明できない」
「業務手当を固定残業代としているが、賃金規程や給与明細に明記していない」
「歩合給と固定残業代が混在し、計算方法が複雑になっている」
こうした場合には、賃金制度全体の点検をおすすめします。
運送会社の賃金制度は、手当の名称を変えるだけでは整理できないことがあります。
労働時間の把握方法、割増賃金の計算方法、就業規則・賃金規程、実際の給与明細を照らし合わせることが必要です。
運送業専門の社会保険労務士として、賃金制度・労働時間制度の点検、見直し、就業規則・賃金規程の整備を支援しています。
「自社の固定残業代が適切に運用されているか、一度確認したい」
そのような運送会社の経営者の方は、ご相談ください。
運送業専門社労士としての活動はこちら。
公式LP:https://yutoli-sr.com/


