東洋医学とは何か 80 薬草治療(漢方薬治療)とは何か(2) 中国では中華民国建国時の1912年に薬草治療が途絶えました 中華人民共和国建国(1949年)5年後の1954年に中国伝統医術(TCM)が復権 薬草治療は43年ぶりに国家医療となり132年ぶりに認められた鍼灸治療とともに復活を果たしました
こんにちは、マイベストプロ東京に初めて鍼灸師として掲載された柔道整復師でもある清野鍼灸整骨院の院長清野充典です。当院は、京王線調布駅前で、鍼灸治療、柔道整復治療、瘀血吸圧治療、ヨーガ療法等の東洋医学に基づいた治療を、最新の医学と最先端の医術を基に、診療を行っています。
私は、順天堂大学大学院医学研究科の医史学研究室に在籍しています。東洋医学について長年研究をしてまいりましたので、東洋医学についてコラムを書いています。
江戸時代まで「本道(ほんどう)」と呼ばれていた鍼灸治療、薬草治療、整骨治療、按摩治療等の医療は、明治期に「漢方」と呼ばれるようになりました。明治17年(1884年)1月1日に行われた第1回医術開業試験以降、明治政府は西洋医学一辺倒になりましたが明治44年(1911年)8月14日には「鍼術灸術営業取締規則」と「按摩術営業取締規則」が制定され、漢方の一つである鍼灸術や按摩術(あん摩)は、正式に国家の医療として復活しました。
按摩術の一部である骨折・外傷に対する医術は、江戸時代に「整骨」と呼び、その医者は「整骨医」、「接骨師」や「骨継(つ)ぎ師」と言われていました。明治7年(1874年)に「医制」が始まった際、整骨医は暫定的に医師と認められ「整骨科医」となり、西洋医学の試験合格者には「医術開業許可ノ證」を交付、明治17年(1884年)に、交付書を所持している者には「整骨科医術開業免状」が交付され、一代限りとなりました。新規の整骨科医開業は認め無いことになったことから、事実上整骨医は消滅しました。
試験に合格していない整骨科医には、明治18年(1885年)3月23日に「入歯、歯抜口中療治接骨営業取締方」が内務省より出され、「従前接骨業」者として取締を受ける立場になりました。その後「接骨科」を標榜して主に営んでいたので、柔術家でした。明治44年(1911年)8月14日には「按摩術営業取締規則」の中に、「柔道の教授を為す者が打撲、捻挫、脱臼及び骨折に対して行う柔道整復術に準用すること」との文面が付け加えられた事により、柔道家は按摩師として開業する事が出来るようになりました。このことは、生活に困窮している柔道家の救済策の意味合いがありました。軍隊に柔術と剣術が採用されたことにより、当時の権力者たちに柔道家が働きかけたことは言うまでもありません。柔術を柔道に変え、普及させた嘉納治五郎の存在は、とても大きかったと言えます。(NHK大河ドラマ『いだてん』の時代が、まさしくこの時です。)
徒手整復術が、柔道整復術という呼称に替わり初めて法律に登場した時でもありましたが、徒手整復術が認められたことにより、本道・漢方は、薬草治療(漢方薬)以外国家医療として復活したことになります。
整形外科医が行う治療は、観血療法による外科手術が主であることから、徒手だけで行う外科手術は、軍隊内(戦場)で有効だとの判断があったことは、柔道家の救済以上に意義あることだと認識されたことは言うまでもありません。しかしながら、従前接骨業を営む柔道家達は、按摩師と言われる事に、抵抗感を持っていました。701年に『大宝律令』の中に書かれていた按摩の時代と徒手整復術が出来た経緯と時代が異なっているためです。
そもそも、外傷に対する医術は、414年の新羅の金武来朝まで遡る歴史あるものですが、柔道整復術は、1619年に中国から来た陳元贅がもたらした中国武術に、日本の柔術が融合し、中国整骨術と日本の柔術整骨術が源流となっていることに由来するからです。柔道家たちの運動が実り、大正9年(1920年)4月21日に内務省より発令された内令九により、「按摩術営業取締規則」が一部改正され、「接骨師が行う接骨術は認め難いが柔道家が行う柔道整復術なら妥当」とされ、按摩術の一部として正式に組み入れられました。
これにより、柔道家たちは、「接骨師」から「柔道整復師」と名称を変えた資格成立に向けて動き始めます。
(つづく)
東洋医学・東洋医療に関して、すぐに詳細をお知りになりたい方は、清野鍼灸整骨院ホームページ「東洋医学の辞書サイト」やブログをご覧頂きたく思います。「アーユルベーダ」の一つであるヨーガについては、「清野充典の東洋医学ひとりごと」のブログに掲載しています。
清野鍼灸整骨院HP http://seino-1987.jp/
清野充典の東洋医学ひとりごと https://seino1987.tamaliver.jp/c19872.html
平成31年3月23日(土)
東京・調布 清野鍼灸整骨院
院長 清野充典 記
【東京・調布 清野鍼灸整骨院】
院長:清野充典 中国学修士・鍼灸学士・社会福祉学士
はり師 きゅう師 柔道整復師 社会福祉士 精神保健福祉士 介護福祉士
開設記念日 1987年(昭和62年)2月2日(月)
場所:東京都調布市布田1-45-1 CIELOビル3階
(京王線調布駅東口北側目の前 新宿駅より特急15分2駅目)
3階総合受付
外来専門診療室
鍼灸総合治療室・整骨接骨治療室
鍼灸内科 骨折
鍼灸外科 脱臼
鍼灸整形外科 捻挫
鍼灸婦人科 打撲
鍼灸小児科 挫傷
鍼灸心療内科 スポーツ外傷
鍼灸精神科
鍼灸神経科
鍼灸老年科
鍼灸難病科
受付時間:平日午前9:00~12:00
午後3:00~ 7:00
木曜午前 ヨーガ教室
午後1:30~5:30
土曜午前9:00~12:00
午後3:00~6:00
休診日:木曜午前・日曜・祝日
電話番号:042-481-3770
【東京・府中 清野鍼灸整骨院 府中センター】
開設記念日 1991年(平成3年)4月6日(土)
場所:東京都府中市八幡町3-3-5 大久保ビル1階
(京王線東府中駅より徒歩3分 旧甲州街道沿い)
院長:吉田卓司 鍼灸学士
はり師 きゅう師 柔道整復師
受付時間:平日午前9:00~12:00
午後3:00~7:00
土曜午前9:00~12:00
午後3:00~6:00
休診日:木曜・日曜・祝日
電話番号:042-335-3770
【清野治療所創業記念日】 1946年(昭和21年)10月5日(土)創業73年目