シニアひとり起業と相続問題

寺田淳

寺田淳

テーマ:終活全般


【はじめに】

 今回のテーマを思いついたのは
数年前に友人が遭遇した事案からでした。
加えて私自身にも関係があった事案でもありました。

 ひとりで個人事業を起業・独立開業した場合、
さらにあなたが一人っ子シニアの場合には事業を軌道に乗せることに
加えて意識しておくべき案件があることを紹介します。

【基本全てを貴方だけで行います】

 誰に頼ることも出来ないひとり起業の場合は
まずは自身の健康管理が重要なのは言うまでもないことです。

 対面商売が基本であれば感染症はご法度ですし
立ち仕事で業務を行うような仕事であれば足腰の健康は
大きなポイントになります。

 タイトルにあるように50代以降のシニアで起業の場合、
特に体調面の管理と健康の維持はより重要な課題となります。

 いわゆる「ワンオペ」ならではのリスクですが、
反面経費面の出費の抑制といった面や
雇用の問題、スタッフとの人間関係等の問題とは無縁なので
それなりのメリットはあります。
ただその反面、頼れるパートナー不在のリスクが発生します。

 そして自分以外の要因で仕事の継続に重大な影響を
与え兼ねない課題の存在も認識しておきたいものです。

 50代前後のシニア世代からの場合、
高齢の親の相続問題に事前の備えをしておきませんと
一人っ子起業にとっては特に大きな影響が仕事に及ぶこととなります。

【シニア起業時は親世代は高齢化】

 仮に一人っ子の貴方が50代前後で第二の仕事として
ひとり起業を果たした場合です。

 一般的には自身の親世代は概ね70代以上のはずです。
さらにどちらかが既に亡くなっており親一人子一人の場合、
次の相続発生時には唯一の相続人として相続に関する手続きを
全て貴方一人で遂行しなくてはいけないのです。

 高齢になった親世代には日常生活の中でもリスクが高まります。
室内での転倒や外出時の事故、病気発症のリスクも増大します。

 そんな中、長期入院を余儀なくされたり、
入院や介護施設への入所後、短期間で亡くなることは
病状等にも寄りますが、ある程度覚悟すべき課題と言えます。

 それまでが元気そのものであれば
相続に関しての情報共有や財産の確認等は
大半のケースでは後回しにされがちです。

 皮肉なことに以前から長期療養中であったり、
入院・入所が長期にわたっている場合の方が
親本人がある程度生前整理について子と話し合う気持ちがあり
時間をかけての情報共有も可能になる事から
いざという際にも比較的スムースに手続きに入れるようです。

 一人っ子相続の場合の特徴は、
何と言っても他の相続人がいないことです。

 他の相続人たる兄弟姉妹がいませんから時間をかけての
遺産相続の内容について協議することも不要です。
遺言書も遺産分割協議も不要で相続が可能となります。

 ですが、裏を返せば
円滑に、正確に相続業務を遂行するのは
全て貴方自身、ひとりで行うという事でもあります。

 次節で具体的な「苦労話」を紹介します。

【念願の事務所を開設、半年後に母親が】

 あるセミナーで知りあった50代半ばの方の事例です。
行政書士ではありませんが同様の資格を取得し早期退職して
念願の個人事務所を開業、会社時代の伝手で複数の会社との提携も
9分通り話がまとまりつつあった開業してほぼ半年経過した時に
ひとり暮らしをしていた母親が急逝しました。

 母親は80代の方で判断力は正常で健康そのものだったそうですが
いわゆるヒートショックで亡くなったそうです。

 自身は都内で居住してますが、母親は栃木の福島寄りの街で
戸建ての実家でひとり暮らしでした。

 順風満帆に見えた個人事業の運営が一気に暗転することとなったのです。

【死後の手続き、さらに相続税申告まで】

 自宅から実家まで高速を使っても片道最低2時間半、往復で5時間。
地元では母親の友人が多数おり、搬送された病院も当然地元の病院でした。
葬儀・告別式は実家で行う事とならざるを得ませんでした。

 葬儀社との打合せや病院での諸手続き、役所への届出等を考え
自宅から出向く事は時間の無駄と実家に泊まり込むこととなり
その間は事務所は臨時休業することとなったのです。

 さらに母親は同郷の父親と結婚し、
仕事の関係で栃木に移ってきており
菩提寺は故郷である富山にありました。

 自分は都内在住、実家は栃木、墓は富山と言う
広域に分散した立地関係でした。

 まずは母親の死亡届の提出から怒涛の手続き業務遂行が始まりました!

 どこで葬儀を執り行うか? 
就職後は実家から離れて暮らしており寺や葬儀社に知り合いはいません。
葬儀の様式は家族葬で済ませたいものの、亡き母の友人への対応として
それなりの式でなければいけないという制約もあります。

 さらに遺骨を預ける寺は菩提寺のある富山か? 
都内で新たに探すか? その際は亡父の遺骨をどうするか?
母の死亡連絡の通知は誰に出すのか? 

 彼の場合、死亡から3日間で
まずこれらの課題を消化することとなり
当然ながら実家に泊まり込む期間は延長となり
事務所はさらに長期休業になりました。

 詳細は省きますが、
結果として10日前後実家に泊まり込みで諸事を片付け
ようやく東京に戻ったものの、休む間もなく今度は

母親の取引金融機関への連絡、
通販、各種契約先への連絡と解約手続きの開始、
同時に自治体へのいろいろな届出と申請、
先の金融機関の口座凍結解除に向けての手続き、
保険会社への連絡と請求手続き等等、

 さらには病院関係への残債の支払や
通院先の医療機関での精算、
最後に近所の母親の友人知人への挨拶と御礼行脚、
遠方の知人への電話や手紙での連絡を済ませました。

 (当然ながら)これらを全て一人で行うこととなりました。

 これに加えて母親の収入を調べた結果
「準確定申告」の必要があることも判明し、
前年の確定申告書の控えを参考に申告書の作成と申告を
最優先で行うこととなりました。

 この為さらに栃木への「遠征」を繰り返すこととなり、
その後も今度は10か月以内の相続税申告に必要な相続財産の調査、
申告時に必要な各種証明書の手配に忙殺され、
国税庁の電話相談センターとのやり取りなどで
ほぼ9か月を相続手続の業務に費やしたそうです。 

 なんとか10か月以内の申告と納付は間に合わせましたが、
その間事務所は事実上の閉鎖状態を強いられたのです。

 遺骨の安置先の問題については
早々に富山の菩提寺への埋葬か東京近郊で改葬するかの
結論が出せず現時点でも遺骨は自宅安置のままで
空き家となった実家の処分(貸出、売却、更地化等)も保留で
これに加えて郷里に存在していた母親名義の畑と山林の処分も
未だに手付かずの状態で遺されているとのことでした。

【仕事が…途絶えた】

 先の未解決案件はあるものの何とか日常に復したそうですが
先に書いた提携話は当然なかったこととなり(別の事務所が受任)
10か月以上開店休業状態でせっかくの新規の相談者への対応が出来ず
これまた閑古鳥の日々になってしまいました。

 おまけに長期にわたる緊張状態が緩んだせいか
本人が不注意から事故を起こしてしまい
3か月間入院と言うまさに「泣きっ面に蜂」状態となりました。
 
 満を持しての起業・開業だったものが、ゼロどころか
マイナスからの出直しとなったのです。 

【事前に出来る備えは何か?】

 先日対面する機会があり現状を尋ねたところ、
ある法人事務所に雇われ士業者として働いているとのことでした。
結局、個人事務所での経営再建は断念せざるを得なかったとのことでした。

 ようやくつかんだ「一国一城の主」の夢は叶わなかった・・・

 相続人は一人っ子の自分だけ、
強いて親に遺言書を書いてもらわずとも相続はスムースに進められる。

 その裏に潜む「突然の相続発生時の困難」に気付かなかったのです。

 では、全てとは言わなくとも
一人相続手続きの負担を軽減する方法はなかったのでしょうか?

 何度もこのコラムで紹介してきましたが、
元気な老親ほど、元気なうちの情報共有や確認をすべきです。

 改めて
「相続の際に必要なだから」
「財産目録を用意して」
「不動産の登記簿を確認したい」
「相続人は自分ひとりを証明して」
「負の財産、借金や連帯保証人」はないか?
等と言ったら却って親の機嫌を損ねるのでは?

 ですが唯一の相続人ですから他の兄弟に
親が気を遣うことはありません、子である貴方がいるのですから
親の兄弟や親戚には相続権がありません。

 先延ばししても誰も得にもならないのです。
ここだけはしっかり親と向き合って欲しいのです。

 実際、以前の相談者にこの話をしたところ、
この方は一人っ子ではなかったのですが
感じるところがあったようで
その後相続人である他の兄弟が揃った際に
思いきって父親に尋ねたとのことでした。

 ですがその結果、
実は親の本籍地が初めて聞く土地だったこと、
自宅の名義が未だ亡くなった祖父名義だったこと
さらに実は父親はバツイチ(子はいない)だったこと

等の事実が判明したそうで、
兄弟そろって思い切って尋ねたことで実態を把握でき
大急ぎで手分けして行動することが出来ましたと
感謝の連絡が来ました。

 さらには聞くだけではなく、現物を確認しましょう。
金融機関の通帳や届出してある印鑑、土地の権利証、
自宅にある貴金属類や現金、債券等については
けっこう当の本人が保管場所を勘違いしていたり
当初の場所から他に移していたという事例もあります。

 心身ともに元気な当事者と共に、
最新の情報を共有する事。
これだけでも情報ゼロからの調査と比べれば
相当な時間短縮に繋がります。

 続けて親の個人情報です。
まずは今も交流を続けている友人や知人のリスト作成です。
何か借用しているものはないか?その逆に貸しているものは?
連絡先は最新のものになっているか?
万が一の場合に連絡をして欲しい(出さないでいい)人物は誰か?
概ねこの世代の方は豆に年賀状や季節の挨拶を欠かしませんので
最新の年賀状等をチェックするのが最も手っ取り早い方法と
私は考えています。

 こういったやりとりをする中で
本人も忘れていた重要案件を思い出すことはよくあります。
過去の思い出話などを交えながら必要な情報を聞き出すことで
より重要な案件が浮上するのであれば、やる価値はあるのです。

 繰り返しになりますが
会話を交わす事、親子で立ち会って現状を把握、確認することも
全て親が心身ともに健康であることが大前提です。

 さらに話を進めれば
郷里にある土地や実家、墓についても本人の意向を聞くことが出来ます。
不動産に関しては実は寄付の話が出ているとか隣人が購入したい旨の
手紙が来ていた等、今後の手続きを左右する実態が聞き出せます。

 墓についても本人が秘かに改葬の準備を始めていたとか
既に意中の新墓を見つけ、見学を考えていたという事もありました。

 どこまで実現出来るかは別ですが、少なくとも本人の意向を
聞いておけばその後の判断も悔いなく下せるはずです。

 この他、実家での各種の連絡先リスト(公共機関、契約先等)
家の鍵、免許証、実印、マイナカード、キャッシュカード等の保管場所も
予め確認出来ていればその後の手続きの為の「家探し」も不要です。

 他にも、
相続発生後の手続き全てを時系列に知っておくことは
親の手を借りずにできる事前の備えです。

手続毎の自治体の窓口はどこか?
その際に持参する資料類は何か?
相談の際は予約制か予約不要か? 
本庁以外でも対応可能な手続きは何か?
遠隔地ならば郵送での手続きの可否は? 
記載用紙はHPからダウンロード可能か?
この証明書は相続手続き時に何部必要か?

 細かなことですが、いきなり窓口に出向いて
用意不十分の結果、門前払いでは貴重な時間の無駄です。

 特にこの事例のように一人事業者であれば
なかなか自由な時間の都合もつけにくいはずです。
1回でより多くの手続きを完了させることも
本業への影響を軽減させることに繋がります。

 相続が発生した時点で
手続きにはタイムリミットが発生します。
自分で出来ることは期限を切られる前に済ませておく。

 これも自分で出来る事前の備えなのです。

【終わりに】

 ひとり起業・開業はこれまでサラリーマン生活を送ってきた
会社員にとっては一種の憧れ、夢と言ってもいいでしょう。

 ですが仮に事業が時流にマッチして軌道に乗れたとしても
ここに書いたような事態に遭遇すれば状況は急変します。

 冒頭に既述しましたが定年前後の年代での起業の場合
高齢になった親の存在を織り込んでおく必要があります。

 ここまで他人事のように書いてきましたが
実は私自身がこの問題に直面したのです。

 昨年95才で天寿を全うした父は
一昨年の春に転倒事故を起こし
入院、入所を余儀なくされました。

 この為唯一の相続人である私が
片道2時間かけて入院先の病院に出向き
入院時に必要な煩雑な手続きや同意書を始めとした
書類への署名などに始まり、不規則な時間での
病院からの連絡やそれに伴う準備や予定外の来院を強いられました。

 その後介護施設の入所に際しては何日もかけて
何か所も入所候補の施設の内見や先方のスタッフとの面談等
に忙殺されました。

 未だ病院などではコロナ禍の影響で面会が厳しく制限され
1週間の訪問回数に加え肝心の面会時間も15分と言うものでした。

 病院では痛み止めやせん妄の防止等の理由で安定剤を投薬、
時間によってはせっかくの面会時間に熟睡という事もあり、
何の情報交換も確認も出来ないまま2時間半かけて帰宅、
これを繰り返すことも少なくありませんでした。

 幸い高齢であったものの判断力は正常だったことこともあり
入院前にあらかたの情報は伝え聞くことが出来たのですが、
それでも漏れはあり、一点の確認を取るまで2往復したことも。

 さらに介護施設への入所が決まってからは
家族側で入所時に用意すべき物、入所後に必要になったものが
いろいろ発生した為、その都度クルマで2時間半かけての
訪問を続けることとなりました。

 その間にも自治体の当該窓口に介護支援に関する申請や届け出、
こちらからの問合せに加え、自治体からの追加資料の
提出の要請などが続きました。

 当然のことですが、
病院も施設も官公署も全ての受付は平日の昼間の時間帯です。
事務所の隣での入所なら話は別ですが、この状態では
通常業務を遂行すること等全く不可能になったのです。

 さらに相続発生後の手続きの殆どは期限付きです。
事例紹介の中でも書きましたが、結局手続きを完了させるまで
昨年の10月半ばまでかかったのです。
11月の申告・納付期限まで滑り込みのタイミングでした。

 その間は事務所は開店休業状態=収入ゼロとなり
恥ずかしながら今回の確定申告では
けた違いの最低の所得金額を記載する羽目になりました!

 正直な話、
私自身も提携の話や緊急を要した顧客への対応を出来ないまま
約1年を経過し、未だにそのダメージは残っています。
おまけに年末年始はそれまで10か月近く不規則な生活を
続けてきたことで(時間短縮の為にコンビニ、ファストフードでの多食や
酒量増加、睡眠不足など等)健診に引っ掛かり
今度は療養生活をする羽目になったのです。

 結果的には、
ほぼ1年間を事実上休業する羽目になりました。

 私が今回紹介した事例と異なっていたのは
開業して10年の実績があったことでしょう。

 タイミングによっては
ここでコラムを書いていることも無く
今の仕事に就いているかもわからないと思っています。


 顧客が離れていくのは一瞬です、
何と言おうとあくまでも自己都合の範疇なのです。
また一から地盤造りに励まなくてはいけません。
特にまだ認知度が低く、実績もない時点では
相当な困難が待ち受けていると言えるでしょう。

 当面の生活費については
相続した財産が大きな助けになりはしました。
他にも10年間の間にある程度の貯えが出来てはいたので
いきなり生活苦に陥ることはありませんでしたが
かなりの貯えを食い潰しての今があります。

 ですが以前の様な業務依頼が戻って来るかどうかは
未だ未知数です。私の営業力次第でしょう。

 
 如何でしたか?
ここの事例に該当するといった方は
ここで書いた内容程度は事前に確認しておき
いざという時の対応の効率化を図るようにして下さい。

 何と言ってもひとり起業、ひとり事業者は
全ての責任を自分ひとりが負うものです。
その負担を少しでも軽減する為に備えることも
自己責任なのです。

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寺田淳(行政書士)

寺田淳行政書士事務所

 起業・独立や転職、再就職を考えるシニア世代に対して、現時点での再就職市場の動向や起業する際の最低限の心構えを始め、私自身が体験した早期退職から資格起業に至るまでの経験やノウハウを紹介します。

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