退職金で住宅ローンを一括返済しても大丈夫?

西山広高

西山広高

テーマ:FP

定年後の生活設計とローン返済の賢いバランスを考える

「そろそろ定年。住宅ローンも残っているけれど、退職金で一括返済してしまえばスッキリするし、月々の支払いからも解放されて安心できる」

このように考える方は決して少なくありません。
確かに、ローン返済がなくなれば心理的にも家計的にも負担が軽くなったように感じるものです。
しかし、本当にそれで大丈夫でしょうか?

住宅ローンは“最も安い借金”


住宅ローンは、一般の人が利用できる金融商品としては、最も低金利の部類に入ります。
変動金利であれば1%を切るケースもあり、資金調達の手段としては非常に有利です。
仮に同じ額を退職後に借りようと思っても、収入が減少またはゼロになると借り入れはほぼ不可能で、たとえ借りられたとしても不動産担保ローンなど高金利の商品に限られます。
つまり、一度返してしまった住宅ローンは、簡単には取り戻せない“資金の出口”でもあるのです。

平均寿命から見る老後の現実


日本人の平均寿命は、今や90歳に近づいています。定年を65歳とすると、そこから25年、場合によっては100歳まで35年もの人生が待っています。
この間、収入の柱は年金が中心になりますが、現役時代のような給与収入がなくなるため、多くの人が貯蓄を切り崩しながら生活することになります。
退職金でローンを完済した場合、その分だけ老後の預貯金は目減りします。
長い老後に備えて、どれだけの資産を確保しておくかが非常に重要です。

「老後2000万円問題」は人ごとではない


かつて話題になった「老後資金2000万円問題」。
これはあくまで一つの試算であり、実際に必要な金額は人によって大きく異なります。
特に、東京都内のように物価や生活費が高い地域で暮らしている方にとっては、2000万円では到底足りないケースも多いのです。

たとえば、毎月の生活費が25万円と仮定すると、年間で300万円。これが25年間続けば7500万円が必要になります。
もちろん年金の支給もありますが、それだけでカバーするのは難しく、不足分は自身の資産でまかなう必要があります。

「定年後無収入」の落とし穴


定年のタイミングは60歳や65歳が一般的ですが、年金の支給開始は原則65歳からです。
そのため、60歳で退職した場合、5年間は年金も給与もない“無収入期間”が発生します。この間の生活費をどうまかなうのかが大きな課題になります。
この時期に退職金で住宅ローンを完済してしまうと、手元資金が大きく減り、いざという時の備えがなくなる危険もあります。
もし医療費や介護費用、子どもへの支援など急な支出が発生した場合、大きな不安となるでしょう。

団体信用生命保険の見落としがちな価値


住宅ローンには一般的に「団体信用生命保険(団信)」が付帯されています。
これは、ローン契約者が死亡または高度障害になった場合、残りのローンが保険によって支払われるというものです。
つまり、ローンを返済中の間は、住まいに対して一定の保障がかかっている状態でもあるのです。
一括返済すれば当然この保障も終了します。健康状態や年齢によっては、新たに同様の保険に加入することは難しくなるため、「ローン返済=安心」ではないことも理解しておくべきです。

借金を「早く返したい」は正義か?


日本人には「借金はできるだけ早く返すべき」と考える文化があります。
もちろん、借金を減らすこと自体は間違ってはいません。
しかし、利率が低く、保険も付いている住宅ローンを早々に返してしまうことが、長期的な生活資金の観点から本当に得策なのかは、冷静に見極める必要があります。
退職金を使ってローンを一括返済してしまうと、手元資金が大きく減少します。
一方、ローンを残しておけば、多少の金利は支払うものの、資金にゆとりが生まれ、万一の事態にも対応しやすくなります。

判断のカギは「キャッシュフロー計画」


住宅ローンの一括返済を検討する際には、現在の資産と今後の収支見通しを総合的に考える必要があります。

  • 老後の生活費はどれくらいか?
  • 年金で足りるか?
  • 退職金をどの程度手元に残しておくべきか?
  • 万一、介護が必要になった場合に備えた資金はあるか?


これらを整理した上で、「一括返済にしても老後資金が十分足りる」という見通しがあれば、返済も選択肢になり得ます。
しかし、少しでも不安がある場合は、返済を急がず、計画的にローンと付き合っていくことも視野に入れるべきでしょう。


まとめ:一括返済は“正解”ではなく、“選択肢の一つ”


住宅ローンの一括返済は、決して「間違った選択」ではありません。
ただし、それが老後資金や生活設計に与える影響をきちんと見極めたうえで判断することが必要です。
目先の安心感にとらわれず、長い老後を見据えて、退職金の使い方を冷静に考えることが、これからの時代を賢く生き抜くカギとなります。


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西山広高
専門家

西山広高(ファイナンシャルプランナー)

西山ライフデザイン株式会社

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