無知であり未熟であること
学生アスリートにとって大きな転機となるのが進学です。
競技を行う上でどのような学校へ進学するかはとても大きな問題になるのですが、みんな自分の競技成績を伸ばせる環境を求め進学先を決めていきます。
この時期は生徒から進学先決定の知らせが届きますが、それを聞くと嬉しい反面心配になることもあります。
まだ一貫指導システムが出来上がっていないため、環境が変わった時点で選手の成績に大なり小なりの影響が生じてしまうからです。
もちろん指導のバトンタッチが選手の成績を向上させることもありますが、選手の成績が落ちていくことも多々あり、今後は指導者間の連携や継続的に同じ指導を受けられる環境づくりが必要になってくるのではないでしょうか。
私は基本的に進路に口出しをしないというスタンスで生徒に接してきましたし、結果的に成績が落ちていく子たちに対してこちらから手を差し伸べることもしません。
それは私自信が自分の進むべき道を自分で選択して生きてきたからであり、自分の教え子たちにも同じように自分の足で歩んでもらたいという願いがあるからです。
まだ人生経験の浅い子供たちが自分の進む道を選択するのは困難なことかもしれませんし、その道が大きな失敗に繋がることもあるでしょう。
しかし、自分が決めたことであればどのような困難も受け入れることが出来るかもしれません。
もしも大人たちの意見を尊重して自分の進路を決めたのであれば、大きな困難に直面した時にまずは大人のせいにしてしまい、その現実を受け入れることが出来ないかもしれません。
それは子供にとっても大人にとっても不幸なことです。
最近は進路についての意見を求められることが多く、全くノータッチというわけにはいかなくなっているのですが、基本的には子供たちが自分で苦しみながら答えを出すものだという考えは変わっていません。
但し、自分の手から離れていった選手に責任が無いわけでもないため、子供たちには自分の進む道が選択できるような“考える力”をつけられるように指導しています。
頭を使って走ることはもちろんですが、日々のトレーニングについても一つ一つ意味を考えながらトレーニングするために100%教えず考える余地を残すこと。
何か問題あった時に原因が的確に把握でき、原因がわかったら自ら改善方法を見いだせること。
このように日々考えて行動させることで、少しでも自分の進むべき道を自分で判断させるような力をつけさせていくことが、私たち大人の役割ではないかと思っています。
大人たちは自分の経験から失敗しないように子供たちの進む方向を強制的に修正しようとしますが、それは近道に見えて実際には遠回りになってしまうのかもしれません。
大人は子供たちに情報を与え、たくさん話しを聞いてあげて、最終判断は本人に任せることが大切ではないでしょうか。
今年もたくさんの生徒が私のもとを離れ様々な方向へ歩みを進めます。
みんなが自分の進路に責任を持ち強く生きていってもらいたいです。