副業の収入が給与を上回ったら会社を辞めて大丈夫なのか?

新井一

新井一

テーマ:起業

「本業を超えた」が退職の合図とは限らない

――新井さん、会社に勤めながら個人でも仕事をしていて、その収入が給与を上回ったら「もう辞めてもいいのでは」と考える方は多そうです。

新井:多いですね。特に、最初から「本業を超えたら独立する」と決めていた方ほど、いざその月が来ると急に怖くなります。でも、その怖さは弱さではありません。比べている数字が、まだ同じ土俵に乗っていないことに体が気づいているのですよ。

――同じ土俵ではない、というのはどういう意味でしょうか?

新井:会社の給与明細にある差引支給額は、税金や社会保険料が引かれたあとの数字です。一方、個人で受けた仕事の入金は、経費も税金も社会保険料もまだ引かれる前の数字です。片方は手取り、片方は売上。この2つを横に並べて「超えた」と言っても、退職の判断材料としてはまだ粗いのです。

見るのは金額より「続いた月数」

――では、最初に何を確認すればいいですか?

新井:まずは、給与を上回った月が何カ月続いたかです。1回だけ大きな案件が入った月と、6カ月続けて上回った状態では意味がまったく違います。単発の大口案件は、相手の予算やタイミングに助けられた結果かもしれません。

――たしかに、偶然の山を実力と見間違えることがありますね。

新井:そうです。僕なら、少なくとも半年は見ます。できれば1年の波も見たい。夏に強い仕事なのか、年度末に集中するのか、年末に落ちるのか。会社を辞めたあとに初めて谷を知ると、焦って条件の悪い仕事を受けてしまいます。辞める月を選べる状態にしてから動くほうが、結果的に早いですよ。

――「超えたかどうか」だけでなく、「続く形なのか」を見るのですね。

新井:はい。起業は勢いも大事ですが、勢いだけで生活費は払えません。売上の山より、谷の深さを先に見たほうがいいです。

売上の何割を1社に頼っているか

――次に見るべきことは何でしょう?

新井:取引先の内訳です。月の入金が給与を超えていても、その8割が1社からなら、独立後の収入が安定しているとは言えません。それは収入が増えたというより、1社との関係が太くなった状態です。

――太い取引先があるのは良いことにも見えます。

新井:もちろん良いことです。ただ、退職判断の材料にするなら、依存度も一緒に見ます。担当者が変わる、予算が削られる、内製化される。こちらが悪くなくても、取引が止まることはあります。1社で半分を超えているなら、その1社が消えた月の生活費を計算しておいたほうがいいですね。

――会社員の給与は、1社依存とは違うのですか?

新井:会社員も勤務先1社からの収入ですが、雇用契約と社会保険で守られている部分があります。個人で請ける仕事は、契約が終わればそこで止まります。だからこそ、独立後は取引先の数や継続性を意識して見る必要があります。最初から完璧に分散できなくても、2社目、3社目を増やす動きを同時に始めておくことです。

社会保険料の自己負担を入れて計算する

――タイトルにもある社会保険料は、どのくらい大きく見ればいいのでしょうか?

新井:かなり大きいです。会社員の厚生年金保険料率は18.3%ですが、本人が給与明細で見ているのは半分の9.15%です。残り半分は会社が負担しています。健康保険料も同じように労使折半です。独立すると、この会社負担分がなくなります。

――給与明細に出ていない負担が、会社側にあるということですね。

新井:そうです。さらに、独立後は国民年金、国民健康保険、住民税、所得税、事業で使う外注費や消耗品費も見ます。売上が給与を少し上回っただけでは、手元に残るお金は逆に減ることもあります。

――では、退職前にどんな表を作るとよいですか?

新井:難しくしなくて大丈夫です。過去6カ月の個人売上、経費、税金の見込み、社会保険料、生活費を横に並べます。そして、最大取引先がなくなった場合の数字も1行作る。ここまで見て、それでも生活が回るなら退職判断に近づきます。回らないなら、失敗ではなく、まだ準備の順番が残っているだけです。

辞める勇気より、辞めても崩れない形を作る

――「本業を超えたら辞める」と決めていた人は、ここで先送りに感じてしまうかもしれません。

新井:先送りではありません。判断の精度を上げているだけです。起業で怖いのは、慎重なことではなく、見えていない数字を見ないまま進むことです。僕は、会社を辞めないと本気になれない、とは思っていません。会社員のままでも、数字を見て、取引先を増やして、半年分の波を確認することはできます。

――退職をゴールにしない、ということですね。

新井:そうです。ゴールは、辞めることではなく、辞めても崩れない働き方を作ることです。給与を上回った月が出たなら、それは大きな前進です。だからこそ、そこで慌てて辞めるのではなく、「何カ月続いたか」「何社から入っているか」「社会保険料を入れても残るか」を見てください。この3つを確認できれば、怖さはかなり具体的になります。具体的になった不安は、対策できますよ。

起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)

新井一氏プロフィール

起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。

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