起業にセンスは関係なかった。「平凡な自分」こそが最大の武器になる理由
売れない原因は技術力だけではない
――新井さん、休日に個人開発を続けてアプリやツールを公開しても、ほとんど使われず売上もゼロ。こういうエンジニアは、何から見直せばいいのでしょうか?
新井:まず切り分けたいのは、売れない原因をすぐ技術力不足にしないことです。3年も個人開発を続けて、いくつも形にしているなら、手を動かす力は十分あります。むしろ、作れる人ほど「もう少し整えれば売れるはず」と考えやすい。画面を磨き、機能を足し、説明文を直す。その努力自体は価値がありますが、相手が困っていないものを磨いても売上にはつながりにくい。腕を磨く前に、腕を向ける相手を決める。ここが最初の壁ですね。
――エンジニアほど、先に作ってしまいやすいのでしょうか?
新井:そうですね。思いついたものを自分の手で形にできるから、まず作る。できあがってから「誰が欲しいだろう」と考える。この順番になりやすいです。受託開発の仕事が中心だと、仕様や要件を受け取って作る経験は多くても、そもそもの困りごとを自分で聞きに行く機会は少ない。だから、作る力とは別に、確かめる工程を足す必要があります。
作る前に実名の一人へ聞いてみる
――「確かめる」と言っても、マーケティング調査のように大きく考えると難しそうです。
新井:大きくしなくていいです。最初は、顔が浮かぶ実名の一人で十分です。「こういうものがあったら使いますか?」「いくらなら出しますか?」と聞いてみる。完成品の感想ではなく、利用意向と支払意思を聞くのがポイントです。反応が薄ければ、何カ月も作り込む前に止められます。手応えがあれば、必要な部分だけ仕上げればいい。
――作りかけを見せるのは、少し怖いですね。
新井:怖いですよ(笑) コードを書いている時間は、エンジニアにとって居心地がいい場所です。人に見せると、否定されるかもしれない。でも、その怖さを避けて作り続けると、公開したものの数だけが増えて、売れない理由は見えないままです。拙著でも、行動を止める言い訳として「怖い」「自信がない」「決心できない」を挙げていますが、個人開発でも同じことが起きます。
会社員のまま試すなら境界線も先に引く
――勤めながら個人開発をする場合、気をつけることはありますか?
新井:あります。就業規則、秘密保持、競業、知的財産の帰属は先に確認してください。会社のパソコン、アカウント、開発環境、勤務時間、非公開情報を使わない。自分の設備と時間で進める。ここを曖昧にすると、せっかくの起業準備が勤務先とのトラブルにつながることがあります。小さく試すからこそ、環境の線引きは丁寧にしておきたいですね。
――相手に聞く、環境を分ける、支払意思を見る。この三つが先なのですね。
新井:そうです。技術を落とす話ではありません。むしろ、技術を無駄にしないための順番です。作る前に一人へ確かめる。勤務先とは切り離した環境で試す。支払う気があるかを聞く。この三つを通すだけで、「作ったのに誰も使わない」という時間の使い方をかなり減らせます。
作りかけを見せた一日で流れが変わる
――実際に、その順番で変わったケースはありますか?
新井:あります。受託開発会社に勤める35歳のWeb系エンジニアの方は、休日の個人開発を3年続けていました。便利そうな機能を足し続けても、公開後の反応はほとんどない。そこで作り込みを止め、勉強会で知り合った小規模事業者に作りかけのツールを見せて、「これ、いくらなら使いますか」と聞きました。
――反応はどうだったのですか?
新井:返ってきたのは、「この画面のここだけ直してくれるなら3万円出す」という、本人の予想とは違う答えでした。磨いていた機能ではなく、相手が困っていたのは別の一箇所だった。その修正が最初の受注になり、見た同業者から次の相談も届きました。13ヶ月目には月5件ほど、1件3万円前後の修正や機能追加が積み上がり、月15万円ほどの仕事になりました。新しい技術で逆転したのではなく、持っていた腕の向け先を変えたのです。
完成度より支払意思を先に見る
――個人開発で起業したい人に、最後に伝えたいことはありますか?
新井:完成度を上げてから見せるのではなく、見せてから必要な完成度を決めてください。作りかけで構いません。たった一人でいいので、実際に困っていそうな相手に見せて、使うか、払うかを聞く。ここで「いらない」と言われても、会社員のままなら生活は揺らぎません。むしろ早く分かってよかった、という話です。
――売れない経験も、順番を変えれば起業に進む力になるのですね。
新井:そうです。個人開発の3年は無駄ではありません。無駄になるのは、誰にも聞かないまま同じ順番を続けてしまうことです。作る前に一人へ聞き、支払意思を見て、必要なところだけ作る。この順番に変えれば、技術は「作れる力」から「選ばれる力」へ少しずつ変わっていきます。
――まず一人に見せるところからですね。ありがとうございました。
新井:こちらこそ、ありがとうございました。
起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)
新井一氏プロフィール
起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。
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