社内でしか通じない知識は外で売り物になるか?

新井一

新井一

テーマ:起業

社内限定に見える知識ほど外で価値が出る

――新井さん、化学メーカーで品質保証をしている40代の会社員から、「社内でしか通じない知識は外で売り物になりますか?」という相談です。

新井:できますよ。むしろ、本人が「うちの会社だけの話」と思っている知識ほど、外から見ると価値があることがあります。品質保証の仕事で言えば、検査記録の入力手順そのものは社内限定かもしれません。でも、データのばらつきから異常に気づく力や、製造現場の人に検査の意味を説明する力は、会社を出ても通じます。知識そのものではなく、判断と説明の力に分けて見ることが大事ですね。

――「社内のルールを知っているだけ」と思い込むと、そこで止まってしまいますね。

新井:そうです。長く同じ会社にいる人ほど、自分の経験を低く見積もります。毎日やっていることは、本人には普通に見えますから。でも、他部署から「あの件はあなたに聞けばいい」と言われてきたなら、そこには外に出せる種があります。起業は、何か派手な資格を足すことから始めるものではありません。今まで頼られてきた場面を、別の場所で再現できないかを見るところから始まります。

売れる知識と社内限定の知識を分ける

――社内知識の全部が売れるわけではないと思います。どう分ければいいでしょう?

新井:3つに分けると整理しやすいです。1つ目は手続き・ルール型。自社システムの入力方法や承認フローのように、その会社の中でしか使えないものです。2つ目は判断・目利き型。「この数字の動きは危ない」「この工程でミスが起きやすい」と気づく力。3つ目は翻訳・橋渡し型。専門的な内容を、詳しくない人にもわかる言葉に直す力です。

――売り物になりやすいのは、2つ目と3つ目ですね。

新井:その通りです。手続きだけを売ろうとすると難しい。でも、判断と翻訳は会社が変わっても残ります。品質保証なら「検査体制を整えたい中小企業」「若手に分析の見方を教えたい現場」「手順書を作りたい食品会社」など、困っている相手がいます。そこに、自分の経験をそのままではなく、相手が使える形に整えて渡すのです。

品質保証の経験は判断力と翻訳力に分解する

――品質保証の経験だと、具体的にはどんな形で外に出せますか?

新井:たとえば、検査記録システムの使い方は社外では使えません。でも「なぜこの項目を記録するのか」「どの数値が崩れたら工程を疑うのか」「現場の人が続けられる手順書にどう直すか」は、外でも役に立ちます。ここを切り出せば、手順書づくり、若手向けの勉強会、現場改善の相談という形になりますよ。

――「品質保証を売る」と大きく考えるより、困りごとに分けるのですね。

新井:そうです。「品質保証の専門家です」と名乗るだけでは伝わりにくい。けれど「検査記録が属人化している現場の手順書づくりを手伝います」と言えば、相手は自分の困りごととして受け取れます。肩書きではなく、相手の困りごとに翻訳する。ここで社内知識が商品に変わります。

頼られた場面を数えると商品の種が見える

――自分の判断力や翻訳力は、本人には見えにくそうです。

新井:見えにくいですね。だから、いきなり商品名を考えないほうがいいです。まず1週間だけでいいので、会社で頼られた場面を記録してください。「この資料を見てほしい」「若手に説明してほしい」「この数字の違和感を一緒に見てほしい」。こういう頼まれごとを10件並べると、自分が何で呼ばれている人かが見えてきます。

――自分で強みをひねり出すより、周りからの頼まれ方を見るわけですね。

新井:はい。僕は相談の場でも「何に詳しい人と呼ばれてきましたか」とよく聞きます。本人は「ただの雑用です」と言いますが、話を聞くと、社内の人が困ったときに最初に頼る相談役だったりする。そこに値段がつく可能性があります。強みは、自己評価だけで決めると見落とします。人から何度も頼まれた事実を拾うほうが正確です。

守秘義務を守りながら小さく試す

――社外で試すときに、会社の情報を出してしまう不安もあります。

新井:そこは慎重に線引きします。社名、顧客名、製品名、具体的な数値、社内資料は出さない。扱うのは、守秘義務に触れない一般化した考え方だけです。最初は知り合いの会社1社に、無料または低額で「手順書の見直し」「若手向けの説明会」などを小さく試すといいですね。会社員のままなら、就業規則や競業避止にも目を通してください。

――最初から独立を決めるのではなく、反応を見るのですね。

新井:そうです。起業準備は、退職届を書くことではありません。自分の経験が誰の役に立つかを、会社を辞めずに小さく確かめる作業です。社内でしか通じないと思っていた知識も、判断力と翻訳力に分け、守秘義務を守って試せば、外で売り物に変わる可能性があります。まずは今日から、頼られた場面を10件書き出してみてください。そこに最初の商品名の材料があります。

起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)

新井一氏プロフィール

起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。

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