親の町工場を継ぐべきか? IT畑20年の会社員が選ぶ「第三の選択肢」

新井一

新井一

テーマ:起業

「継ぐ」と「始める」は同じに見えて、中身が違う

――新井さん、今日は事業承継のご相談を取り上げたいのですが、「父の町工場を継ぐべきか、それとも別業種で起業すべきか」という会社員の方からのご質問が増えていると伺いました。

新井:そうなのですよ。特にここ1〜2年は、ITやコンサル系のキャリアを20年やってきた40代・50代の男性から、本当によく聞きますよ。帝国データバンクの『2024年全国後継者不在率動向調査』では、製造業の後継者不在率が43.8%。前年から少し改善はしていますが、業種を超えた承継の相談は逆に増えているのが現場感覚ですね。

――「親孝行か独立か」という二択で悩む方が多そうですが、新井さんはどう考えますか?

新井:その二択で考え始めた時点で、判断を見誤りやすいですよ。「継ぐ」と「始める」は同じ「経営者になる」入口に見えて、必要な準備の中身がまったく違うからです。継ぐかどうかは「親孝行か独立か」ではなく、「現場の継続価値」と「自分の20年スキル」のどちらが高い収益を生むか。この比較で決めるのが本筋ですね。

「IT知識があれば工場のDX化は簡単」という落とし穴

――現場でよくある誤解はどんなものですか?

新井:典型的なのは2つあります。1つは「父の事業を継がないと親不孝になる」という思い込み。もう1つは「IT知識があれば町工場のDX化は簡単だろう」という過小評価ですね。これ、本当に多いですよ(笑)

――両方とも、心情的にはわかる気がしますが……。

新井:気持ちはわかります。ただ、町工場の利益って、機械や設備に詰まっているわけではないのですよ。長年の取引先との関係、職人さんとの関係、その人間関係の網の中に詰まっている。IT管理者として20年積み上げたスキルが、その網にそのまま通用するかというと、別物ですよ。

――父の現場を1年も同行せずに承継を決めてしまうケースもあるそうですね。

新井:これも多いですよ。決算書だけ見て「数字的には回せそう」と決めてしまう。でも現場に1年いれば、取引先の社長さんがどんな性格で、どんな順番で発注を出してくるのか、職人さんが何を見て自分を判断しているのか、肌でわかります。そこを飛ばすと、承継初年度に取引先が半分離れていくケースが普通にありますよ。

外側から関わる「第三の選択肢」

――継ぐか継がないかの二択ではない、と。

新井:そうです。外側から関わる第三の選択肢がありますよ。父の町工場を「最初の顧客」にして、IT顧問として外側から関わる。さらに、町工場の取引先10社にも同じITコンサルを横展開する。父との関係は、経営の上下ではなく、業務委託の発注者と受託者にする。これが意外と機能しますね。

――発注者と受託者の関係に切り替えるのですね。

新井:拙著『1億円稼いでいる人は何をしているのか?』にも書きましたが、成功している方の共通点は、20年積み上げたスキルを別の市場に転用して収益を出している点です。町工場の現場で0から職人を学ぶより、IT顧問として外側から複数社を支援するほうが、20年のスキルが生きる構造になっているのですよ。

50代SIerが月25万円に到達したルート

――起業18フォーラムにも、似た立場の方がいらっしゃいますか?

新井:はい、Nさんという40代の男性会員さんがいます。大手SIerでITプロジェクト管理20年、本業月収52万円、お父さまが東京の下町で町工場を20年経営、ご家族は奥さまとお子さん2人。当初の半年間は「継ぐ前提」で、土日に町工場に通って現場を学んでいました。

――順調にいきそうな雰囲気ですが……。

新井:ところが、収益を見直してみると、継続が困難であることが判明したのですよ。原価と人件費を引いた手残りが、Nさんの本業より大きく下回っていた。自己流で承継を決めかけた状態で起業18フォーラムの勉強会に参加して、そこで「外側から関わる選択」と出会いました。

――そこから方向転換したのですね。

新井:ええ。父の町工場を最初のクライアントにして、近隣の町工場3社にもITコンサルを横展開。13カ月目に月10万円、19カ月目に月25万円が継続するようになりました。お父さまからも「継がなくても支えてくれている」と評価されたそうです。Nさんいわく「これでいいのか、と思った瞬間に道が開けました」(笑)

判断軸は「現場1年」と「取引先10社」

――継ぐか外側から関わるか、判断軸はどう整理すればいいですか?

新井:3つあります。1つ目、父の事業の現場に1年は同行する。これがDD期間、いわばデューデリジェンスの時間ですね。2つ目、IT顧問として外側から関わる選択肢を父に提示する。提示せずに承継を決めるのは、選択肢を1つしか見ていないことになります。3つ目、承継するなら最低5年は現場で職人と関係を作る覚悟を持つ。これは譲れない条件ですよ。

――取引先10社の話も伺ってよろしいですか?

新井:まずやってほしいのは、父の事業の取引先10社の名前と取引額を聞くことです。承継の意思決定は、決算書ではなく取引先の関係を理解してから決まりますよ。決算書には載っていない情報のほうが、町工場の場合は大事ですから。

――「継がない」という選択肢も、親不孝ではないと。

新井:まったく親不孝ではありません。父の事業をどう支えるかは、経営者として継ぐ以外にも複数の道があります。承継の話が出ているなら、来月中にお父さまと「3年後の理想の関わり方」を話し合ってみてください。曖昧なまま時間が経つほど、判断は難しくなりますよ。

――20年のスキルは、捨てるのではなく、次の市場に運ぶための道具なのですね。

新井:まさにそれです。継ぐ・継がないの二択ではなく、外側から支える第三の選択肢から検討してみてください。Nさんのように、結果として親子の関係も良くなるケースが多いですよ。

――今日は深いお話をありがとうございました。

新井:こちらこそ、ありがとうございました。

起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)

新井一氏プロフィール

起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。

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