大切な人と死別した人が罪悪感から立ち直れない理由

大切な人を亡くした悲しみや喪失感は、人それぞれ違います。
映画『ほどなく、お別れです』を観て、この作品はグリーフケアになるのかを考えてみました。
グリーフケアカウンセラーの視点から感じたことを書いています。
※ネタばれの可能性がありますので、ご留意ください。
映画『ほどなく、お別れです』は、葬儀場で様々な家族のお別れが描かれています。
冒頭から北村匠海さん演じる、妻とお腹にいた赤ちゃんを亡くした葬儀のシーンから始まります。突然のお別れ。妻と子を二人を一度に亡くした夫。
居たたまれなく、涙がこみあげてきます。
この映画はグリーフケアになるのか
実は、この映画の予告編を観たとき、興味を持ったのですが、亡くなった人の声が聞こえる主人公のお話か…。映画『シックス・センス』みたいに、声を届けて救っていくのかと、興味を持ちながらも、先が読めるような気がして観ようとまでは思いませんでした。
けれど、ある方からこれはグリーフケアになりませんか?と聞かれ、これは観てきちんと吟味しなくてはと思い、映画館へと足を運びました。
何がグリーフケアになるかならないかは、人によって違います。一人として同じグリーフはないと言われるくらいですから、何が救いになるか、何が癒しになるかも人によって違います。そして、グリーフケアになるのであれば、どんな点がグリーフケアになるのか、カウンセラー視点として評価したいと思いました。
グリーフケアとは何か
グリーフケアとは、大切な人を亡くしたときに生まれる悲しみや喪失感、言葉にならない思いに寄り添い、その人がその人なりの形で生きていく力を取り戻していく過程を支えることです。
悲しみは「乗り越えるもの」ではなく、「ともに生きていくもの」です。
誰かに話すこと、本を読むこと、映画を観ること、静かに思い出す時間を持つこと。
そのどれもが、人によってはグリーフケアになることがあります
さて、映画『ほどなく、お別れです』は、グリーフケアになると思います。
なぜなら、これはあくまでも私的な意見ですが、亡くなった人の思いが痛いほど伝わってきて、きっと自分の大切な人(私で言えば、夫や父)も、きっと傍にいて心配して、愛情を持って見守っていてくれたんだろうなと思えるからです。
これを書いているだけでも、波が流れてくるので、亡くなった、死んでしまった、プツンといなくなってしまった、突然のお別れが…、そうではない。
いてくれたんだ、これまで続いていて、今も大切に思ってくれている。
そう思えるからです。
「区切り」という言葉に込められた意味
映画の中のセリフ「区切りがつきました」。
これは、亡くなった方の旅立ち、遺族の心の区切り、両方の意味が込められています。
そして、映画のタイトルでもある「ほどなく、お別れです」。
これは、まもなくお別れです。という意味と、少しの間のお別れですという意味(記憶をたどって書いてますので、映画の中の表現は違うかもしれません)。
いい言葉ですね。
この映画の原作者長月天音さんも、若くして夫を亡くした方です。
小説もありますので、よかったら読んでみてください。(小学館文庫刊)
映画に描かれるさまざまな「喪失」のかたち
この映画で描かれていた家族はほかに、幼い子を病気で亡くしたご夫婦。亡くなった子も、まだお母さんとお父さんの傍にいたく近くから離れません。
母を亡くした子供たち(成人しています)。父の借金のせいで離婚、その後の大変な生活の中で、父を恨む長男。最後は、愛情ゆえにとった離婚だったとわかるのですが、
兄「そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
妹「お兄ちゃんが言わせなかったんじゃないの!」
(記憶の中のセリフのため実際は違います)
このセリフが印象的でした。
最後は、主人公でもある浜辺美波さん演じる美空のご家族。
自分が生まれた日に姉の美鳥を失っている。祖母が手を放した後に、川で溺れてしまった。
母親の「なんで手を放したの?」
ずっと言いたかった。でも言えずにいた、そんな心中や葛藤にも心が揺さぶられます。祖母の葛藤も亡くなった後に明かされます。
お二人とも言えない思いを抱えていた。
家族だからこその思い。
目黒蓮さん演じる漆原も、妻を亡くしています。
自分が区切りをつけられなかったことから、区切りをつけられる式をしたいと葬祭プランナーとして働いています。
スピリチュアルに寄りすぎないからこそ救われる
この映画の少し心配していたところは、スピリチュアル要素。
もしそうなら、このように亡くなった人の声を聞くことができる人と出会わなければ救われない。
けれど、スピリチュアル的にまとめられていなかったからこそ、素晴らしくよかったです。
葬儀は「亡くなった人」と「遺された人」のため
葬儀は、亡くなった人のためと遺された人のためのもの。
亡くなった人は、自分が横たわっているのを見ることで、自分は死んだということが自覚できる。
遺された人は、一つ一つの普段とは違う形式を体験することで、亡くなったということを受け入れていく。
今は、小さなお葬式で一日葬や直葬などもある。
けれど、父とのお別れの時、湯灌の立ち合いや、お通夜、告別式を行ったことで、私自身がお別れを少しずつ受け入れていくことができた。
父もそうであったのかなと思っている。
グリーフを考えるきっかけになる映画
この映画を観て、再度見たいと思った映画が2つあります。
『シックス・センス』
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00GT2D118/ref=atv_hm_mys_c_UpBNIS_1_1
『奇蹟の輝き』
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00RKNGHXO/ref=atv_hm_mys_c_UpBNIS_1_3
改めて観ると、また違った感覚があるものです。
『シックス・センス』は、妻を思う愛を感じ、『奇蹟の輝き』も同じく妻を思う愛が描かれていますが、死後の世界が克明に描かれています。
私の知人は、まさしくこれが死後の世界と言いきっています。
2つともアマゾンプライムで観ることができます。
ご興味がありましたら、観てみてください。
私は飛行機の中で観ました。
もう一つご紹介したい作品
そしてもう一つ、ご紹介したいドラマがあります。
これは、NHKで放送されていた連続ドラマの映画。
米倉涼子主演
『エンジェルフライト』ー国際霊柩送還士ー
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0B6R386J3/ref=atv_sr_fle_c_Tn74RA_1_1_1
海外で亡くなった方の遺体を日本に遺族の元へ届けるお仕事とともに、亡くなった方の軌跡、遺されたものの思いが描かれています。
今回紹介した、『ほどなく、お別れです』も他の3つの映画も、少しでも、自分の気持ちや想いが重なる部分があれば、観た意味、生きている意味がわかるはずです。
亡くなった人への想い、癒されない気持ち、言葉にならない想い、それらすべて亡くなった人の生きた奇跡だと思います。
少しでも、そして一瞬でも心が軽くなることを願っています。
後記
久しぶりにコラムを書いてみました。葬儀社のご苦労に頭が下がります。それにしても、映画を観ているとき、私がハンカチで涙を拭おうとするタイミングで、ポップコーンに手を伸ばす隣の若者カップル。気になってしまって仕方がありませんでした(笑)



