介護する人の心が先に折れないために大切なこと

子どものことは、何より大切に思っている。それは疑いようがない。それなのに、一日の終わりにぐったりと力が抜けて、ふと「自分は親に向いていないのかもしれない」と思ってしまう——。子育てをしている方から、そんな言葉を聞くことがあります。
疲れていること自体を、愛情が足りない証拠のように感じてしまう。あるいは、子どもをかわいいと思う気持ちと、正直しんどいという気持ちが同時にあることに、後ろめたさを覚える。今日は、その結びつきを一度ほどいてみたいと思います。
疲れと愛情は、別のもの
愛情は気持ちであり、子育ては、その気持ちを毎日の世話として動かし続ける営みです。抱っこも、食事も、寝かしつけも、体力と気力を使います。どれだけ深く愛していても、身体と心の力には限りがあります。疲れがたまるのは、愛情が減ったからではなく、注ぎ続ける量が多く、それが途切れないからです。むしろ、へとへとになるまで向き合っているということ自体が、真剣に子どもと関わっている何よりのあらわれだと、私は思います。
子育てには「終わり」の区切りがありません
仕事であれば、終業の時間がきて、いったん手を離せる瞬間があります。けれど子育てには、はっきりとした終わりの合図がありません。夜中も、体調を崩した日も、責任は続きます。眠っている間さえ、心のどこかで子どもの気配をうかがっていて、神経が完全に休まることが少ないのです。この「気が休まらない状態がずっと続く」という負荷は、外からは見えにくく、本人でも言葉にしづらいまま、じわじわと消耗させていきます。疲れているのは、あなたが弱いからではありません。休みなく続く役割を、それでも担い続けているからです。
頑張っているから、疲れている
「疲れている=ちゃんとした親ではない」という感覚は、順序が逆さまになっています。関心がなければ、人はここまで疲れません。疲れは、あなたがまじめに応えてきたしるしです。そして、疲れていても、子どもへの愛情の深さが薄れるわけではありません。ただ、限界を越えて走り続けると、優しくあろうとする力のほうが先に細っていきます。だからこそ、休むことは自分のためだけでなく、子どもへの接し方をやわらかく保つためでもあるのです。
少しだけ、自分に戻れる時間を
まとまった休みは、そう簡単には取れないかもしれません。それでも、ほんの短い時間、自分に戻れる瞬間を持てるだけで、張りつめていたものが少しゆるむことがあります。好きだと感じる香りのある場所でひと呼吸おくと、途切れなく続いていた緊張が、わずかにほどけることがあります。香りが疲れを消してくれるわけではありませんが、「今のこの時間は、自分のものだ」と感じるための、小さな合図にはなってくれます。
つらさが重い時は、どうか抱え込まないで
気持ちの落ち込みが重く長く続く、何をしても楽しいと感じられない、子どものリズムとは関係なく眠れない・食べられない日が重なる。あるいは、消えてしまいたいような気持ちがよぎる、子どもに強く当たってしまいそうで怖い——。こうした状態は、ふだんの疲れの範囲を越えているのかもしれません。産後や子育ての時期にこうした不調が起こることは決して珍しくなく、そして相談できる場所があります。ひとりで抱え込もうとせず、医療機関や、お住まいの地域の保健センター・子育て支援の窓口に、どうかつながってください。助けを求めることは、親として力が足りないということではありません。あなたと子どもの両方を守るための一歩です。


