漢方専門薬局と病院の漢方薬の違い
免疫介在性壊死性筋症の40歳代の男性は、ほぼ4ヶ月漢方薬を服用し続けて、上腕に力が入らない事も無くなり、嚥下するときに喉や胸に違和感が無くなってきて、順調に回復しているという報告を受け、継続して漢方薬を服用することになりました。まだCK値は正常よりも高いです。
免疫介在性壊死性筋症は、指定難病です。そして、私の知る限り総合病院の漢方科でも大学病院の漢方科でも漢方薬での治験例の報告がないです。なのに、ただの町中の漢方薬局でなぜ、軽快さしめることができたのかを書いてみようと思います。
免疫介在性壊死性筋症は病気の名前としては新しいですが、当たり前ですが昔の人も罹患した人が居たはずですし、それを治療しようとする医者や薬師も居ました。
東洋医学では、痿証として考える
痿証とは、手足に力が入らなくなり重いものが持てなくなったり、歩くのが困難になる病症の総称で、多発性神経炎、急性脊髄炎、進行性筋萎縮症、重症筋無力症、筋ジストロフィーなどを含みます。免疫介在性壊死性筋症もこの中に含まれるわけです。
東洋医学(中医学)では、病気になる原因をまず2つに分けます。一つは、体に必要な大切なものが不足している状態、もう一つは体に不要な悪いものが停滞している状態です。前者を虚証、後者を実証と呼んでいます。
体に不要な悪いものを様々に分類します。風、寒、湿、燥、熱、火を六淫といい、体内で生産される不要な悪いものとして他に、痰、瘀血などがあります。
これらは東洋医学独特の概念であり考え方ですが、こちらを拠り所にして2000年以上の歴史を経て、治療法が確立してきました。
昔の漢方医学書からみる治療の歴史
痿証についての漢方医学書での記載は、春秋戦国時代から前漢時代ごろに書かれた『内経』にすでに有って、「痿を治すには独り陽明をとる」などの治療法則が提示されており、「それぞれの栄を補いその兪を通じ、その虚実を整え、その逆順を和す」という鍼灸治療の指針が述べられています。
後漢時代の『金匱要略』の中風歴節病併治第五には、「鹹は骨を傷る、骨傷れば痿となる」との記載もあります。
時代が下り金元時代(日本の平安時代末期~鎌倉時代)になるとさらに進んだ認識と治療がなされるようになり、様々なタイプ分けをし、それぞれの治療分類がなされるようになった。また、この時代には金元四大家と呼ばれる偉大な四人の医師が現れたが、そのうちの一人の張子和は明確に「痿病には寒が無い」と言い「もし痿を寒として治療すれば、それは刃を用いずして殺すようなものだ」と述べています。
抗SRP抗体陽性筋症の女児の症例では、症候に際立った熱証はなく逆に冬になるとレイノー症状が出て手足が氷のように冷える感じがするのを訴えていました。医師の処方で温めて気血を補う漢方薬を処方された事が有ったが却って体調は悪くなりました。私が、この患者さんを湿熱と弁証したのは、この張子和先生の記載を覚えていて温めてはいけない事を知っていた事も大きいです。約千年前の名医に対し、心の中で感謝しています。
さて、さらに時代が下り清時代になって、痿証の治療法は現代中国での中医学の治療の原型になるまで発展してきました。現代中医学での痿証の治療は以下のように分類しています。おのおの、その状態に応じた漢方薬があります。
1.熱傷肺津 熱が非常に強い熱>湿である湿熱に感受すると、常に肺が灼かれて津液(正常な体液)が枯れて筋肉を滋養できなくなって痿となる。このタイプは発熱性疾患中やその後に生じます。最近の新型コロナ罹患後に足に力が入らなくなり歩けなくなってしまったという方はこのタイプです。またこのタイプは長引くと後に述べる肝腎虚損型に移行していきます。正しい漢方薬を使えば新型コロナの後遺症も治せます。
2.肝腎虚損 体虚で病が久しいために陰精気血が虚損したり、あるいは房労の過度などがあって肝腎が傷ついて起きているタイプです。肝血や腎陰を補う事が主体になりますし、長期間の治療が必要です。
3.脾胃虚損 胃腸機能が衰弱し消化吸収ができず、筋肉に栄養が行かないタイプです。胃腸機能を回復させることが治療の中心になります。またこの場合でも温める漢方薬は使いません。
4.湿熱浸淫 湿熱が筋肉に浸淫して蝕まれているという状態です。じわじわとゆっくり進行していく場合が多い。湿熱というのは東洋医学独特の概念ですが、熱を持つ湿気と思っていただければ結構です。ですから、この病気は体を熱くするようなもの、水はけを悪くするものは毒になります。気候的にも梅雨から真夏の高温多湿の時期は体調が悪くなりやすい場合が多い。免疫介在性壊死性筋症はこのタイプが多く、抗SRP抗体陽性筋証の女児も、免疫介在性壊死性筋症で現在漢方薬を継続されている40歳代の男性もこのタイプです。ただし、湿と熱の強さに若干差があるのと女児は血虚が甚だしかったので適合する漢方薬も異なっています。
5.瘀血阻絡 血が汚れて流れが悪くなり筋肉に栄養が行き渡らないという状態です。現代西洋医学にも血行を良くする薬剤はありますが、それらは太い血管にしか作用しません。むしろ、この状況には毛細血管の血流改善や血管でない細胞部分での体液の流れを正常化する事が重要です。また、1~4のタイプの方でも流れを良くするものを併用することで治りが早くなります。
今の日本の漢方医学は、これらの治療理論を半ば忘れてしまっています。だから、総合病院の漢方科でも大学病院の漢方科でも治療の手がかりが無く、この病気に手を出さないのではないかと考えています。
なお、免疫介在性壊死性筋症では、漢方薬の配合成分の1つである甘草は偽アルドステロン症のリスクがあり、手足の力が入らない状態を助長してしまう場合もありますので、出来れば避けるべきで、抗SRP抗体陽性筋証の女児や現在服用中の40歳代の男性の漢方薬には甘草は含有していません。また繰り返しになりますが、温める働きのある漢方薬は逆効果になります。