「経営者は現場のことを分かってないんですよ」
日比翁助専務は人材の育成・活用に大いに関心を持っていたことが伺える。特に取り扱い商品の拡大を図るにあたって、旧来からの呉服については丁稚奉公からの社員を当て、新規事業については学校卒業生を当て、それぞれの成果を認めていた。
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○私の人物採用の方針
◎経験と手腕
外国のデパートメントストーワは、極く上等な品物から台所道具に至る迄、あらゆる品物を販売して居るが、日本の現状は未だ夫れまで手広く行ふ必要もない。で私の方で先づ大別して呉服部と、雑貨部とを設けて居る。呉服部は三百年来の経験に依つて、総ての研究はして居るが、雑貨部は何う経験すれば宜いかと云ふ問題が起る。是れまで呉服に従事して居る店員中にも、なかなか有為な人物が沢山あるから、雑貨の方を経営させても宜い人材も其の中にあるが、呉服に力を注いで居る人を雑貨の方に廻せば、呉服の方の力を殺がねばならぬ。又た呉服の方で敏腕な老練な人は、雑貨の方へ廻すよりも、矢張呉服の方を遣らせた方が、人物経済の上にも利益である。そこで私の思ふには呉服の方は専門に育つた人が多く、新規な学校生活をして来た者は割合に少ない。であるから新事業の雑貨の方には、所謂新人物と名の付く所の、学校生活を経て来た相当の教育ある人や、海外に於て実地商売に従事した人を使つて経営さして見やうと云ふので、雑貨部の方の店員は多く新教育を受けた者を採用する事した。
◎小僧上りと学校出の技量競争時代
換言すれば、呉服の方は従来の経験で遣らせる事にし、雑貨の方は新人物の頭が割出して遣らせる事にし、双方どれ程の事が出来るか、比較して見たら今に面白い照が出来るだらうと思ふ。教育を受けた人間は理屈に達し頭脳は出来て居るが、果たして小僧上りの老練敏腕な呉服部の者と同じく成功するかどうか、未だ夫れと断定する事は出来ないが、今日まで短い経験に依つて見ると、充分に成功して行く事が出来るやうに思はれる。併し乍ら未だ短い間の事であるから、一二の点は進んで行く事が出来るとすれば、益す益す学校生活をした人を多く使用して行く考へである。先づ茲暫くは、学校出の人と経験のみで来た人の如何なる優劣があるか、試験時代である。
◎各種の学校卒業生
現今私の店に使用して居る学校出の人は各方面の出身で、東京では高等商業学校、慶應義塾、大倉商業学校、地方では山口高等商業学校、神戸高等商業学校、沼津商業学校、各地方から人を集めて、而して其成績を試みて居るのである。
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企業には多様な人材がいて、それぞれの役割を果たすことで大きな成果をあげることができるという「石垣論」につながる考え方を実践していた。