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「経営者は現場のことを分かってないんですよ」

鈴木一正

鈴木一正

テーマ:経営

今年3月21日の『毎日新聞(朝刊)』に「人を動かすナラディブ 人生をつむぐ聞き書きの力」という記事がありました。

「誰かが語る人生の物語に耳を傾け、話し言葉のまま書きとめて手作りの本にする。そんな『聞き書き』が近年、広がりを見せているという。」

こんな言葉から始まる記事でした。私も永らく労働組合専従として、職場環境の改善にむけて膨大な数の組合員の方々のヒアリングをして、その声を文章にして経営に投げ掛ける仕事をしてきたので、とても興味を持ちました。この『聞き書き』という活動は、作家の小田豊二氏が中心になって進めている活動のようで、『「書く」ための「聞く」技術』(サンマーク出版,2003)を読んでみたのです。

この著書の中では、基本的な「聞き書き」技術を解説したあとで、刑事、新聞記者、産業カウンセラー、医師などの職業によって方法論が全くことなっていることを指摘しています。近年流行っている『聞き書き』は、ご高齢の方々を対象として、これまでの人生を振り返り、インタビューによって「記憶を蘇らせ」、その人の言葉で書き止めていく活動であるとされています。興味がある方はぜひ、『聞き書き』をインターネット検索して頂けると表示されると思いますので、ぜひご覧下さい。

ヒアリング

さて、コンサルティングの仕事をしていると企業の経営者の方とお会いする機会があります。中には現場からのたたき上げの方もしれば、ビジネススクールでMBAを取得した方までさまざまです。最近は、人手不足ということもあるのでしょうか、従業員のモチベーションを大切にしている経営者も多くなってきているように感じます。そんな従業員を大切にする経営者がいらっしゃる企業でのコンサルティングの事例を思い出しました。

その経営者は「お客様も従業員も笑顔になる経営をしたい!」と熱く語っていました。そのために、「基準となる働き方を整理してマニュアルにまとめたい」とのご意向をお持ちでした。この企業はお客様に商品を販売しているのですが、営業担当は個人裁量で活動しているので、ノウハウが継承されず、新規にセールスを採用しても定着しない。また、個人目標の達成度で評価させるために、お客様のご要望を踏まえた提案をするというよりも、売り込みになりがちな営業担当もいる状況でした。また、営業活動を支援する様々な業務を担うスタッフもいらっしゃったのですが、役割分担が不明確でもあり、コミュニケーションも不十分な様子も見受けられたのです。

このお仕事を頂戴した時に、「まずはなるべく多くの従業員の方々のお話しを伺って課題を抽出しよう!」と考え、日程を調整頂き、ヒアリングをおこないました。コンサルティング仲間からは「なんでそんなことするの。理想の営業スタイルでまとめれば良いじゃないか!」とのアドバイスもあったのですが、これが経験を踏まえた私のスタイルなので、“俺流”でやらせて頂きました。

経営者に雇われたコンサルティングですので、当然警戒感はあります。だから、まずは心をひらいてもらうことから始めます。雑談から入って、入社した理由、苦労したこと…などなど、いろいろ聞いていくと、様々な課題の片鱗が見えてきます。その片鱗を丁寧に「なぜですか?」と「どうしたら良いと思いますか?」と投げ掛けることで、少しずつ見えてくるものがある。ヒアリングを重ねていくことで現場の掲げている課題が明らかになってくるのです。こうした課題を整理して、経営者の皆さんにプレゼンをしたのです。体系立ててご説明して、その都度「なるほど…」と聞いて頂いているのですが、最後にこのように申し上げました。

「これまでヒアリングを踏まえて、課題をご説明させて頂きましたが…、御社における最大の課題は『コミュニケーション不足』です」

最初は、私の申し上げている意味が恐らく分からなかったと思います。経営者からすると、現場のメンバーとは密接にコミュニケーションをとっている。なぜ、そんなことはないはずだ…。

経営は、頑張っているセールス、成績の良いセールスの話は良く聞くのです。しかし、話をあまりしていないセールスやスタッフもいる。彼・彼女たちは意見がない訳ではない。そこに実はこの企業における構造的な問題が隠れていることもある。上手く行っているセールスは良いのです。上手くいっていないセールスには何か課題がある。スタッフとのコミュニケーションが不十分な理由がある。中間管理職は、上長には良いことしか言わない傾向もある。現場の課題は個人の力量やモチベーションの問題にされてしまっていることもあるかもしれない…などなど。

「社長は、成績の良い奴の話しか聞いていないんですよ。」
「経営は現場のことを分かってないんですよ。」

こんな声をたびたび伺いました。とても従業員思いの経営者だったにもかかわらず…です。
「文句ばかり言っている奴ら」と排除するのは簡単なのですが、文句を言う理由の中にも真理のあると考えるべきだと思うのです。

だからこそ、今こそ必要なのは『聞き書き』です。埋もれている課題を発掘し、その改善の手立てを見つける。ITツールを導入することで生産性を飛躍的に高める…というような“華やかな”活動を強みとするコンサルティングもあるのですが、私はこうした地道な活動こそが、まずは多くの企業で必要なんだと思います。第三者からしか見えない課題もあるのです。

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鈴木一正
専門家

鈴木一正(経営コンサルタント)

合同会社スズセイ

百貨店個人営業(外商)での経験をもとに、BtoC企業のお得意さまづくりをサポート。訪問や電話などアナログな接点づくりを大切にする顧客戦略の設計図を描き、お客さま本位の働き方改革を実現します。

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