「経営者は現場のことを分かってないんですよ」
先におことわりしておきますと、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」に取り組むべきではない、と言っている訳はありません。むしろ積極的に取り組むべきだと考えます。これからの時代にあって、ITの活用は不可欠であり、そのメリットを十分に活かすべきだと考えます。しかし、「DX」という名の下で、単なるデジタル化やシステム導入に留まっている事例が本当に多いのではないかと危惧しています。本来の「DX」は、IT活用を契機として、既存の業務フローを抜本的に見直し、組織を見直し、企業文化を変革することで、飛躍的に生産性を高めることを狙った企業改革だと思うのです。
こんな事例がありました。「小売もできるIT企業」を標榜していた某百貨店では、顧客管理システムの切り替えを検討していました。既存システムは既に導入から5年程度経過しており、メールやSNSなどの活用を想定した仕組みに切り替えるタイミングだったのだと思います。そんな時に、ある経営者がこう考えました。
「店頭の顧客情報と外商の顧客情報を共有すれば、もっとお客様への提案力が高まり、売上拡大が出来るはずだ!」
読者の皆さんはどのようにお考えでしょうか?
売場が持っている顧客情報と外商が持っている顧客情報は連携していません。それどころか同じ商品部門内の売場同士も顧客情報は共有しません。お得意様の属性情報や購買履歴は各売場としての宝物です。(建前としては店舗内で取得した顧客情報は百貨店との共同管理なのですが、実態は百貨店側が手を付けられない。)自ショップの優良顧客に対して、他の売場からアプローチがあってそちらで買い物されると困るからです。ショップ間での情報共有はダメですが、外商との情報共有は可能なのか? お客様は売場の販売員や外商担当との間に信頼関係に基づいて、様々な個人情報を提供して頂けます。中にはセンシティブなものもあります。そんな情報が共有されるとなれば、当然外商担当は当該顧客管理システムに情報登録をしません。売場も同じです。
「あなたを信頼して伝えたのに、なぜ他の販売員や外商担当が知っているの!」
信頼関係は崩れ、もう二度と買い物をしてくれないでしょう。
某百貨店では、現場の反対を押し切り、大きな投資をして、この顧客管理システムを導入しました。当然ですが、全く機能しませんでした。しかし、導入を主導した経営、そしてシステム担当は「上手く機能しています!」と経営陣に対して報告しなければなりません。そうしなければ責任を問われるからです。こうして、現場には「顧客情報をしっかりと入力するように」との指示が徹底されました。1日の入力目標件数が設定され、入力数が少ない担当は上長に呼び出されて「ちゃんと入力するように!」と強く指導されたようです。こうして、店頭に来店された顧客をそっちのけにしてシステムへの入力する姿が、あっちこっちに見られるようになったのです。
こうして入力された情報ですが、果たして使えるものなのか…。当然ですが、ほとんど役に立たないものにならざるを得なかったようです。そして、今では殆ど使われていない。導入を主導した経営も既に退職し、携わったシステム担当者も既に異動してしまっている。膨大な投資をして、現場への負担を高め、顧客サービスの低下を招き、結果として顧客の離反を招いたシステムは、「DX」施策の1つとして社内外に好事例として発表されていたのでした。
この事例から得られる教訓としては、現場実態を知らない経営、IT担当にDXを任せてはいけない!。そして、ITベンダーの言いなりになってはいけない。経営者自身にITリテラシーがなければならない。こんなところでしょうか。
企業としては「DX」に取り組むべきだと思います。しかし、ITを活用して“出来ること”と“取り組むべきこと”は違うのです。まずは、現状の課題をしっかりと分析することから始めるべきだと考えます。役職とか部署を作っても「DX」は実現しないのです。