「孤立する『面倒見のいい上司』」~成果主義から“縁の下の力持ち”を大切にする組織へ
『商売繁昌の秘訣』は、日比翁助専務が口述したものを菊地暁汀が文字に起こしたと言われる。菊地暁汀は大倉喜八郎や安田善次郎などの経済人を取り上げて同様に口述筆記で書物としてまとめている編集者である。
まず「巻頭言」を取り上げたい。
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小売商店の経営の秘訣は他になし、即ち自他共に利在り。
己利せんと欲せば、先づ人を利し。己達せんとせば、先づ人を達せしめよ。是れ商店の秘訣なり。商略なり。
更に云はん。吾人商店の事業経営者に取りて、
心痛すべからず、心配せよ。
この数字は実に。事業経営上の生命とすべき也。
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大丸の社是にも「先義後利」と記されている。「義」とはpublicであり、先に公益があって結果として私利がもたらされるとの考え方を示したものである。日比翁助の考えも同じであって、公益の追求を優先する姿勢を明らかにしている。
編者菊地暁汀は、冒頭の「編者言」にて本書の位置づけを次のようにまとめた。
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現今我国の小売商店の経営者としては、日比翁助氏の右に出る人はあるまい。氏は実に我国小売商店の旧態を破壊して、三越呉服店と云ふ新記録を作った、商界の勇者である。而して吾人が、此の勇者に聞かんと欲する処は、即ち其の経営法、繁昌策の秘訣である。常今世上の商店は、景況不振に青息吐息の有様であるが、此の時に当つて、此の勇者は、自己の経営する店舗に日々数万の顧客を吸引し、然も景況不振は、対岸の火災視して居る。斯く好景況を呈しつつあるは、そも此の勇者の経営の路よろしきを得て居る由るは論を俟たざる所である。
よもや如何なる秘訣があるか、如何なる呼吸があるか。予は日比氏に其の秘密の鍵を開かれんことを請ふに、氏は固く謙遜辞せんとした。予は強いて請ひ、茲に本書を世に公にすることになつたのである。
されば本書は云ふまでもなく、我小売商店の此の記録を破りたる勇者日比翁助氏が、商店経営法及び繁昌策の秘訣を、天下に然も露骨に、告白せられたる商人の虎の巻である。されば本書を一読せば、世の小売商店が、景況挽回、千客万来の好況を呈するに至るは、予の信じて疑はざる所である。
詳に本書は総て予が筆録したるものであって、文責は総て予にある事を明言して置く次第である。
編者 菊地暁汀
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本書が発刊された1915年は、三越の新館(現在のライオン像のある一角)が完成し、本格的な百貨店として開業した翌年である。有名なキャッチフレーズである「今日は帝劇、明日は三越」を帝劇のパンフレットに掲載したのもこの頃といわれる。まさしく百貨店としての体裁が整った時期であった。
次回は「第一編 商売繁昌の源泉」を取り上げる。顧客の欲求の変化に対応していくことを重要性を語っていて、興味深い記述がある。