ある日常の風景
4月17日のニュースで,センターラインオーバーの車と対向車が衝突した事故で,対向車に「過失がないとも認められない」として,対向車の運転手がセンターラインをオーバーした車の助手席に搭乗していて亡くなった方への賠償義務を負うことを認めた,という判決が出されたと報じられました。
具体的な事実関係や判決全文,訴訟での主張立証構造が分からない以上,判決内容の当否に踏み込むことはできませんが,この判決は自賠法や自賠責保険,任意保険の重要性について色々と示唆に富むものだと思います。
そこで,今回は交通事故にかかわる法律や保険についてちょっと整理してみたいと思います。
まず,交通事故を起こした場合,物損・人損のいずれについても民法709条により過失がある当事者は賠償義務を負います。
車と車,車とバイクの場合,双方が注意していれば事故を回避できたとされる場合がほとんどですので,双方当事者に「過失」が認められ,過失相殺により自分の過失の割合について賠償義務を負います。よく7:3とか8:2とか言うのはこの過失割合です。
なお,交通弱者である二輪車・自転車・歩行者については,同じような事故でも弱者保護の要請から,車と車の場合に比べて過失を少なく見ることが一般的です。
この「過失」について民法では「被害者において,加害者に過失(事故を引き起こした原因となる不注意)があること」を証明するよう求められています。
しかし,事故の状況に争いが出れば特に,相手方の過失をきちんと証明することは困難を伴います。
その結果,事故で怪我をした(場合によっては死亡した)にもかかわらず,相手の過失を証明できないが故に賠償を受けられない,という被害者に酷な事案が生じ得ます。
そこで,「自動車損害賠償補償法(自賠法)」という法律が定められ,
① 人身事故については加害者が自らに過失がないことを証明しない限り賠償責任を負う(自賠法3条)
② 強制保険である自賠責保険を作り,最低限の賠償が受けられる ようになっています。(なお,自賠責保険に加入していない車による事故に遭った場合でも,政府保障事業により自賠責と同等の保障がなされます)。
そして,民事裁判においては「立証責任」があり,法律の規定に基づいて必要な事実関係の証明ができない場合,その事実がなかった(有利な効果が発生しない)ものとして取り扱われます。人身事故の場合,裁判官が過失の有無について「真偽不明」となった場合,自賠法の規定により被告側に賠償義務があると判断されることになります。(物損事故の場合は民法709条の原則どおり,過失について真偽不明の場合は賠償義務が否定されます)
今回のニュースで話題になった判決は,報道を見る限りこの自賠法の適用の判断を行ったものであり,対向車両側で真偽不明を超えて無過失の立証ができなかった,と判断したものだと思われます。
事故の状況や主張立証が十分なされたかなどが分かりませんので,これ以上踏み込むことはできませんが,もしかすると無過失の立証が困難な事実関係だったり,あるいは十分な証拠が手元になかったのかもしれません。
こう考えてみると,一概に判決がおかしいと言い切れる事案ではないのかもしれません。
問題は,なぜこのような裁判が起こされるに至ったのか,です。
ここも子細が分からないので想像になりますが,報道ではセンターラインをオーバーした車について,保険の支払い条件の関係で当該車両の任意保険が支払われなかった,との話があります。
亡くなった方が搭乗していた車の自賠責保険が支払われたかどうかは不明です(自動車の所有者ですので,運行供与者として自賠責における「他人」に該当しない可能性があります)が,仮に自分の車両の自賠責保険が支払われていたとしても,死亡の場合の上限は3000万円であり,いわゆる裁判基準の賠償額にははるかに及びません。
複数台の自動車による事故の場合,自賠責保険は各当事車両からそれぞれ支払われます(自分が運転していた車両は除く)ので,このような場合搭乗車両と対向車両それぞれに自賠責保険の請求をすることもおかしくはありません。
しかし,通常,相手車両の無過失の可能性が相当程度ある場合や,相手にほとんど過失が認められない場合,相手の賠償責任を問うことはあまり行われません。それはなぜでしょうか。
実は,自動車保険には,「自動車事故で自分(運転者)や同乗者が怪我をした場合」の特約があります。「搭乗者損害」や「人身傷害保険」というものです(両者の違いは特約の要否や賠償額,賠償範囲です)
例えば,自分の一方的過失で事故を起こした場合や,自損事故(自爆)の場合でも,人身傷害(搭乗者損害)保険は支払われることがほとんどです(詳細はご契約されている保険の約款をご確認ください)。
双方に過失がある場合でも,相手方からは過失割合に応じた賠償しか受けられませんので,人身傷害保険のほうが補償額が大きいことも考えられます。ですので,相手に過失がない可能性がある,または自分側の過失が大きい場合には,人身傷害保険で保障を受けて,相手方へ請求をしないこともあるのです。
しかし,今回のニュースでは,保険の保障範囲の問題で,車の所有者(お亡くなりになった方)の任意保険が使えなかったようです。
任意保険では保険料を抑えるために,被保険者を限定(配偶者や同居の親族等に限る)したり,年齢条件を加えることがあります。あまりよく考えずに被保険者を限定した結果,今回のように第三者に運転を代わってもらった場合などで,任意保険がでなかった,ということが珍しくありません。
また,運転者が別途任意保険に加入していれば,いわゆる「他車運転特約」により,運転者自身の保険が使えるのですが,これもなかった(運転者が車を保有していない等)のかもしれません。
そうだとすると,対向車の自賠責保険を頼って賠償を求めるためにこの裁判が起こされたと考えれば,このような裁判が起こってしまった原因もある程度納得ができます。
こうして考えると,ニュースでは判決の結論のみがクローズアップされていますが,実際には保険の規定や保障範囲を巡って,もっと色々なポイントがあるように思えます。
亡くなった方を責めるわけではないのですが,「きちんと保険の内容や範囲を理解していれば」「運転を頼んだ人に保険がかかっていないことが分かっていれば」,事故が避けられなかったとしても,当事者全員が不幸になるような裁判は避けられたのかも知れません。
実務に携わっていて,事故は全ての当事者を不幸にすること,保険の理解が不十分だと不幸をより拡大させてしまうことがあること,を常々述べていますが,今回のニュースもまさにそのようなケースだったのかもしれません。何ともやりきれません。
(2015/4/24追記)
福井の判決については全文が裁判所ホームページで公開されています。
また,原告代理人の弁護士が判決の報道についてコメントも出されています。
判決全文を読む限り,対向直進車の過失を観念することも不自然ではない事案だと思われます。
ただし,この判決から考えるべきことは,交通事故に於ける過失判断のあり方ではなく,(原告代理人のコメントにもありますが)任意保険の条件により,必要な保証が受けられないことがありえる,ということでしょう。
(ホームページのコラムを一部加筆の上転載しています)