男女間トラブル事件簿その4~妊娠中絶をした場合、慰謝料や中絶費用等を請求できるか(後編)
配偶者の不貞行為の相手方(浮気相手)に対して、他方配偶者が、慰謝料を請求できることについては、判例・実務上、定着しています(最判昭和34年11月26日など)。
浮気相手の行為は、「婚姻共同生活の平和の維持」という権利または法的保護に値する利益を侵害する行為、すなわち「不法行為」と評価されるからです(この場合、不貞行為を行った(浮気をした)配偶者自身も「共同不法行為者」として連帯責任を負います)。
では、不貞行為が行われた当時、既に、夫婦間の婚姻関係が破綻していた場合はどうでしょうか。
この点については、最高裁判所の判決があり、以下のとおり判示しています(最判平成8年3月26日)。
① 甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との「婚姻関係がその当時既に破綻していたとき」は、「特段の事情のない限り」、丙は、甲に対して「不法行為責任を負わない」ものと解するのが相当である。
② けだし、丙が乙と肉体関係を持つことが甲に対する不法行為となるのは、それが甲の「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害」する行為ということができるからであって、甲と乙との「婚姻関係が既に破綻していた場合」には、「原則として、甲にこのような権利又は法的保護に値する利益があるとはいえない」からである。
このように不貞行為がなされた時点で、既に夫婦間の婚姻関係が破綻している場合には、浮気相手は不法行為責任を負わない、すなわち、慰謝料を支払う義務がないということについて、実務上、争いはありません。
実務上問題となるのは、どのような事実や事情があれば、「婚姻関係の破綻」、すなわち、慰謝料請求をしている配偶者には「婚姻共同生活の平和の維持という権利または法的保護に値する利益がない」と裁判上認定されるのか、ということです。
一般的に、「婚姻関係の破綻」とは、婚姻継続の意思を、夫婦のいずれか一方のみであってもこれを喪失し、婚姻関係が「完全に復元の見込みのない状態」に立ち至っていることをいうといわれていますが、具体的な認定については、結局のところ、ケース・バイ・ケースといわざるを得ません。
ただ、実務においては、そう簡単に「婚姻関係の破綻」が認定されるわけではない、「婚姻関係の破綻」が認定されるためのハードルは結構高い、というのが私の印象です。
以下、実際に「婚姻関係の破綻」の有無が争点となった判例を参考に、その認定にあたっては、どのような事実や事情が考慮されるのか、されないのか、具体的に検討してみましょう。
夫婦同居の有無、別居の実態
夫婦が客観的に同居(生活の本拠を同じくする)している場合には、未だ、婚姻関係の継続を前提とする客観的状況が残っているといえるので、婚姻関係の破綻を否定する方向で働くと考えられます。
この場合、「帰宅が毎日遅かった」「家に帰らない日が多かった」とか、「家庭内別居状態(同居はしているが、会話や食事も同じくせず、性交渉もない状態)になっていた」などの事情があったとしても、夫婦が実際に同居している以上、婚姻関係の継続の余地が完全に無くなったとまでは評価できませんから、婚姻関係の破綻は原則として認められないでしょう。
また、留学・転勤(単身赴任)による別居、里帰り出産のための別居、病気や怪我の治療のための別居、親族の介護のための別居など、別居が暫定的、一時的であり、別居に至る事情や理由が「婚姻共同生活の平和の維持のための同居」と矛盾せず、両立しうる場合は、たとえ別居の事実があったとしても、「婚姻関係の破綻」を肯定する事情として積極的に考慮されません。
「婚姻共同生活の平和の維持のための同居」と両立しない事情や理由による別居であっても、夫婦の居住場所が極めて近い位置的関係にあり、頻繁に、お互いの居住場所を行き来しているような関係があった場合には、婚姻関係の破綻を否定する方向で働く事情として考慮されるでしょう。
他方配偶者に対する経済的扶養の有無
別居をしていても、生活費を渡していた、住宅ローンや光熱費、子供の学費を負担していたなどの事実が認められる場合、これらの支払いが継続されていることによって、経済的に見て、婚姻共同生活の平和が維持されている状態であり、婚姻関係の継続の余地が残っているとして、婚姻関係の破綻を否定する方向で働くものと考えられます。
他方で、配偶者が、生活費を他方配偶者に渡していなかったなどの事情があったとしても、それだけで婚姻関係の破綻が認定されるわけではありません。
家族旅行や子供の行事への参加などの交流の有無
夫婦そろって家族旅行に出かけていたとか、夫婦そろって子供の行事(例えば、入学式や卒業式、授業参観、運動会など)に参加をしていたなどの事情が認められる場合、たとえ夫婦間において亀裂や揉め事が生じていたとしても、婚姻関係の継続の余地はあるといえるため、婚姻関係の破綻を否定する方向で働くと考えられます。
また、夫婦間が別居状態であったとしても、離婚するかどうかについて、未だ夫婦間で意見の一致をみない状態であり、定期的に、他方配偶者も交えて子供と円満に面会して交流をしているような事情がある場合には、婚姻関係が決定的に破綻しているとはいえないと判断される可能性があるでしょう。
他方で、夫婦そろって家族旅行に行っていなかったとか、夫婦そろって子供の行事に参加をしていなかったなどの事情があったとしても、それだけで婚姻関係の破綻が認定されるわけではありません。
他方配偶者の親族との人間関係や親戚づきあいの維持の有無
他方配偶者の実家に夫婦そろって行き来していた、他方配偶者の親族の冠婚葬祭や法事に夫婦として出席していた、配偶者が、他方配偶者の親族の療養や介護を行っていたとか、他方配偶者とその親族が共同経営する会社で一緒に仕事をしていたなどの事情があり、配偶者と他方配偶者の親族との人間関係や親戚づきあいが維持されているような事情が認められる場合は、婚姻関係の破綻を否定する方向で働くと考えられます。
他方で、配偶者と他方配偶者の親族との人間関係がよくないとか、親戚づきあいが全くなかった、という事情があったとしても、それだけで婚姻関係の破綻が認定されるわけではありません。
離婚協議の有無
夫婦間で、離婚の協議(話し合い)がなされるに至っていたとしても、離婚をするかどうかについて意見の一致をみず、婚姻関係を継続する余地が残されている状況で、他方配偶者が婚姻関係の維持継続を強く望んでいて、離婚を申し出ている配偶者の翻意を強く期待しているような場合には、未だ婚姻関係が決定的に破綻しているとは認定されないことが多いでしょう。
もっとも、配偶者が、離婚を前提として家を出て別居し、その後、その配偶者自身(あるいは他方配偶者)が、離婚調停や離婚訴訟などの「離婚」を求める法的手続を起こすにまで至っている場合には、婚姻関係は破綻していると認定されることが多いでしょう。
以上のように、実務上、「婚姻関係の破綻」とは、夫婦としての信頼関係・人間関係が修復不可能なまでに壊れてしまい、夫婦共同生活の維持の可能性が完全になくなっている状況を意味するものと考えられ、かつ、そうした状況が、客観的事情からも基礎付けられる場合に限られるといってよいと思います。
一方配偶者に「性格や価値観が合わず、嫌いになった、別れたいと思うようになった」などの内心の変化が生じていたに過ぎない場合や、「ケンカが絶えなくなった」とか、「性生活がなくなった」など、夫婦間においては、まま見受けられる事情が生じていたに過ぎない状況では、およそ「婚姻関係の破綻」が認定されるものではありません。
「妻との関係は既に破綻しており、離婚協議中である」とか、「夫との関係は冷え切っているので、離婚をしたい、家を出ようと思っている」などの言葉を安易に信じ、夫婦の別居の有無や実際の生活状況などを確認することなく、「既に婚姻関係が破綻しているから、交際を開始しても慰謝料を支払わなくてもいい」と判断して、配偶者がいる者との交際を開始することは間違いです。
実際は婚姻関係が破綻していないにもかかわらず、「婚姻関係が破綻している」と信じこんでしまい交際を開始した者が、不法行為責任を免れるためには、婚姻関係が破綻していると信じたことについて「やむを得ない相当な理由がある」ことを自ら立証しなければなりません。しかも「やむを得ない相当な理由がある」とは、まず認定してもらえないのです。
配偶者持ちの異性の甘い言葉には、くれぐれもご用心下さい。
弁護士 松尾善紀