特定の子に財産を相続させないことはできるのか?
平成28年12月19日、遺産分割に関して、非常に大きな最高裁判決の変更がありました。
被相続人死亡時の預貯金の取り扱いについて、従来の判決を変更し、「預貯金は相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になる」と判示したのです。
以下、詳しくご説明しましょう。
従来の最高裁の立場
意外に思われる方も多いかもしれませんが、従来は、預貯金については原則として遺産分割の対象にならないと考えられてきました。
昭和29年4月8日の最高裁判決(以下「昭和29年判決」といいます)において、「相続人が複数いる場合、金銭債権については、法律上、当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する」との判断が示され、これを踏襲するかたちで、平成16年4月20日の最高裁判決(以下「平成16年判決」といいます)が、「預貯金についても、金融機関に対する金銭債権である以上、昭和29年最高裁判決の法理が妥当するため、法律上、当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する」と判断したためです。
以来、10年以上の間、裁判所は、「預貯金については、被相続人の死亡と同時に、当然に分割されていることから、原則として、共同相続人が協議して分割をする遺産分割の対象ではない」という取り扱いをしてきたのです。
従来の最高裁判決の問題点
従来の最高裁判決によるならば、預貯金を相続した相続人は、遺産分割の手続を経ることなく、金融機関に対する払戻請求ができることになります。
ところが、平成16年判決の存在にもかかわらず、ほとんどの金融機関は、これに応じていませんでした。相続人から預貯金の払戻を求める裁判を起こされ、これに敗訴することによって初めて払戻に応じるという対応をしていました(裁判自体は、平成16年判決によって、ほとんど機械的に相続人が勝訴します)。
この対応であれば、相続人間の争いに金融機関が巻き込まれるリスクと、後になって遺言書が発見されるなどした場合における二重払いのリスクの、いずれも回避することができるからです。
以上のとおり、相続人としては、預貯金の払戻を受けるためには、各人がそれぞれ金融機関に訴訟を起こすか、遺産分割をまとめるほかありませんでした。
しかし、遺産分割について紛争となっている場合、上記のように、裁判所は、預貯金については遺産分割の対象ではないと考えていたため、相続人全員が、預貯金を遺産分割の対象とすることに同意しない限り、預貯金について裁判所に審判をしてもらうこともできませんでした。
このような従来の最高裁判決については、2つの問題点が指摘されていました。
1つは、相続人間で不公平が生じるという問題です。
遺産分割手続においては、各相続人の法定相続分を基礎としつつも、特別受益や寄与分を考慮して、各自の取り分が決められていきますから、相続人間の実質的な公平を確保することが可能となります。
ところが、預貯金は、法定相続分によって当然に分割されるとする平成16年判決の考え方でいくと、預貯金の取り分は、機械的に決まってしまうため、とりわけ遺産が預貯金のみである場合に、相続人間の公平を図ることができません。
例えば、相続人が子Aと子Bの2名だけで、死亡時の遺産が預貯金1000万円のみであるとしましょう。
この場合、子Aだけが、被相続人から500万円の生前贈与を受けていたとしても、従来の最高裁判決によれば、遺産である預貯金は、子Bが、子Aから遺産分割の対象とする旨の合意をとりつけない限り、遺産分割の対象とならず、法定相続分によって機械的に分割されますから、子Aと子Bの取り分は、それぞれ1000万円の2分の1である500万円ずつとなります。
この結果、子Aが、相続の前後を通じて500万円+500万円の計1000万円を得る一方、子Bは相続後の500万円のみとなってしまい、公平性に欠けます。
2つ目は、遺産分割手続の中で、預貯金を調整弁として使うことができなくなってしまうという問題です。
不動産などの現物での分割が困難な遺産がある場合、預貯金を調整弁として使うことによって、公平な相続を実現させることができます。
例えば、先ほどの例と同様、相続人が子Aと子Bの2名だけである場合に、1000万円の預貯金に加えて、1000万円のマンションが遺産として遺されたとします。
この場合、子Aがマンションの全部を、子Bが預貯金の全額を取得することによって、それぞれ1000万円ずつとなり、公平な結論を導くことができます。
ところが、平成16年判決の考え方を貫くと、子Aと子Bの間で預貯金についても遺産分割の対象とする旨の合意がない限り、遺産分割の対象となるのは、1000万円のマンションだけであり、預貯金については、自動的に500万円ずつに分割されてしまいます。
しかし、これでは、預貯金は既に分割されてしまっているため、遺産分割の調整弁として使うことができず、マンションの相続を円滑に進めることが難しくなってしまいます。
そのため実務では、このような不都合を回避すべく、預貯金を遺産分割の対象とすることについて、相続人全員の同意を得ることに努めていました。
平成16年判決の変更~預貯金も遺産分割の対象に
平成28年12月19日の最高裁判決(以下「平成28年判決」といいます)は、平成16年判決を変更して、「預貯金は、相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象になる」としました。
平成28年判決は、「預貯金は、金融機関に対する金銭債権ではあるものの、預金者にとって、確実かつ簡易に換価することができるという点で、現金と大差はないものと意識されている財産である」という指摘をしています。
その上で、普通預金について、「預金者の金融機関に対する預金債権は、一個の債権としての同一性を有しつつも、その残高は常に変動しうるものであり、このことは、預金者が死亡した場合においても異なることはない」とし、「預金者の死亡によって、死亡時の残高が相続分に応じて当然に分割され、その後、入金があるたびごとに、すでに分割された預金債権に、新たに入金があった額に応じて分割された額と合算した預貯金債権が発生するというのは、当事者の合理的意思に合致しない」と指摘しました。
また、定期預金については、「期間内の払戻はしないという条件の下に、普通預金より利率が高く設定されているが、定期預金債権が相続によって当然に分割されるとすると、それに応じた利率の計算も、分割された債権ごとに行うことになり、事務が複雑になってしまう」ことなどを指摘し、平成16年判決のように解する意義は乏しいと指摘しました。
実務における変更点
① 遺産分割成立前の預貯金の払戻について
平成16年判決のもとでも、ほとんどの金融機関は、遺産分割協議成立前の任意の預金払戻請求には応じていませんでしたから、この点についての変更はありません。
他方、遺産分割成立前でも、預金払戻請求訴訟による判決を経れば、払戻に応じていた点については、そもそも、このような訴訟の提起自体が、今後できなくなりました。
これに代わるものとして、平成28年判決では、15名中5名の裁判官が、補足意見として、「特定の共同相続人の急迫の危険を防止するために、仮分割の仮処分(家事事件手続法200条2項)等を活用すること」に言及しています。
これは、被相続人に扶養されていた未成年者や配偶者が、預金の分割がなされないと、当座の生活もできないといった場合に、半年分程度の生活費を仮に分割するといった場合が想定されています。
もっとも、同条項は、「急迫の必要性」を要件としているため、申立が認められる場面は、かなり限定されるものと考えられます。
② 遺産が預貯金のみである場合の遺産分割調停の申立について
遺産が預貯金のみである場合の遺産分割調停については、これまで、平成16年判決を根拠に、遺産分割調停としては受理しない裁判所もありました(代わりに「遺産に関する紛争調整調停事件」として受理されることもありますが、この場合、調停が不成立となれば、審判には移行せずに事件は終了します)。
遺産分割調停として申立が受け付けられた場合であっても、相続人全員の同意がない場合には、預貯金は遺産分割の対象とされていなかったため、申立は却下されていました。
この点、今後は、遺産が預貯金のみの場合であっても、遺産分割の対象となるため、問題なく遺産分割調停の申立が可能になります。
③ 預貯金の遺産分割における調整弁としての活用について
これまでも、預貯金は、遺産分割の際の調整弁として利用されてきましたが、あくまで全相続人の同意が前提でした。
今後は、このような同意がなくとも、遺産分割の審判において、預貯金を調整弁として利用することが可能になります。
④ 遺産が預貯金のみである場合の特別受益や寄与分について
遺産が預貯金のみである場合でも、特別受益や寄与分を考慮した公平な遺産分割が可能になります。
前述のように、相続人が子Aと子Bの2名だけで、死亡時の遺産が預貯金1000万円のみである場合に、子Aが500万円の生前贈与を受けていたとしても、今後は、子Aが受けた生前贈与は特別受益に該当す
ることから、これを考慮して遺産分割をすることが可能になります。
すなわち、預貯金1000万円に、子Aが生前贈与を受けた500万円を加えた1500万円が遺産の総額であると考え、この2分の1である750万円ずつが子Aと子Bの取り分となります。
この内、子Aは500万円を生前贈与として既に受領していますから、預貯金の子Aの取り分は、750万円から500万円を控除した250万円のみとなり、残る750万円については子Bが受領することによって、公平な解決を図ることが可能になるわけです。
弁護士 上 将倫