NHK「正直不動産」の番組終了にあたり
【住まいの社会教育】
実践する場や対象者の違いによって、住まい教育は家庭教育、学校教育、社会教育に分けることができます。今回は、このうち専らおとなの消費者を対象とする住まいの社会教育について考えます。社会教育には、住まいに関連するセミナーや講座の受講、本や雑誌、インターネットなどからの情報収集といった方法があります。また、実際に当事者として住宅の売買や賃借の経験をすることも社会教育のです。しかしながら、大人が住まい教育なるものを体系立てて学ぶ機会は極めて少ないのが現実です。
【克服すべき課題】
住まい教育を体系立てて学ぶ機会が少ない背景は、他の教育分野とは異なる課題の存在があります。
①住まいにまつわる知識は複雑で専門的であるため理解が難しい。
建築学、居住学、家政学、環境学、不動産学、経済学、法学など関連分野のすそ野は広く、かつ内容が専門的であるため、衣食などに比べ身近なこととして捉えにくいと言えます。
②住宅事情は社会階層を反映するため個人差が大きい。
住宅事情は家庭の経済状況が反映されやすいものです。そのため、住宅の立地、住環境、規模、品質などに格差が生じてしまい、照準をどこに置くかが悩ましい問題となります。照準を誤れば「自分には関係ない世界」と他人事に成りかねません。
③学んだことが改善や実践に活かしにくい。
例えば、衣食の世界は学んだことを日常生活で実践することは比較的容易にできます。ところが、住まいは、売買や賃貸を経験する機会は極めて限られ、住まい方を見直す場合もコストを伴うことが多いため実践のハードルは低くありません。
④体験的に学べる教材などが準備しにくい。
住まい教育にまつわる図書は衣食に比べ多くありません。個別テーマに関する教材はともかくも、上記①から③などの理由で、誰に対して、何を、どうやって伝えるかを体系立てた教材の作成は容易ではありません。
【ライフステージの節目が機会】
住まい教育が必要だと声高に訴えても、消費者が必要性を腹落ちしなければ円滑に進まないのが社会教育です。学校教育と異なり義務でないため、あくまで本人の発意が前提になります。では、どのような時に消費者は住まい教育の必要性を感じるのでしょうか。
多くの消費者は、ライフステージの節目に住まいへの関心と情報ニーズが高まります。その節目とは、就職(転職)、結婚(離婚・再婚)、子供の誕生や独立、定年後の高齢期における住宅購入・住替え・賃貸、また自宅の経年劣化による大規模修繕やリフォームなどです。また近年は、自然災害に伴う住宅の移転や再建も目立ちます。こういった節目が住まい教育を行う有効な機会ではないでしょうか。
【ハウツーの是非】
一方で、住まい教育にはハウツーものは馴染まないという意見を耳にすることがあります。そもそも住まい教育とは、住まい方や生き方を学び、生きる力を培うことが目的であり、小手先のノウハウを習得することではないとの主張です。果たして、そうでしょうか。
筆者は、住まいを「商品」と捉えた教育も必要だと考えます。もちろんハウツー一辺倒では偏りが生じますが、取引や資産価値の対象として住まいを捉えることは、生きるためには寧ろ欠かせない能力です。特に、実践力の養成を期待する社会教育ではタブーすべきではありません。
そして、「消費者を守る、自立を支援する」という消費者教育の目的に照らしても、商品としての住まいの知識や情報は欠かせません。
【課題の本質】
住まいの社会教育を推進する上での課題について、高齢期の住まい選びを例に考えてみます。
高齢者の心身の状態は個人差が大きく、時間の経過とともに変動しやすいものです。しかも高齢期の住まいや住まい方は多様であるため、住まい選びの判断基準も同様に多様化しています。そのため一人ひとりの潜在ニーズを探るという個別対応が求められます。
これらを社会教育で対応するには、消費者へ住まい教育を受ける動機づけ、それから行動変容へと繋げていくことが大切になります。それには、消費者ニーズの正しい理解、教える技術の習得といったことが求められます。
このような中で、住まいの社会教育を実践・普及するための課題の本質は何か、と問われれば「消費者にとっての住まいの困りごとは何か」を正しく理解することだと考えます。もちろん、それは顕在化したものに留まらず、潜在的な問題も含まれます。
次回は、消費者の住まいの困りごとを類型化し、何が必要かについて考えてみます。