ゴルフで「メンタルコントロール」を身に付ける
「嘘」と「正直」
人と人とのコミュニケーションを図る上で大切なものが「信頼」です。
この「信頼」を構築していくために様々な努力をしていくわけですが、それらの努力の中で、当然ダメだと分かっていても難しいのが「嘘をつかない」、「正直」ということです。
ビジネスコミュニケーション力の育成研修などで「嘘」や「正直」について、深く触れられているものが少ないように感じますが、とても重要な事柄です。
「口から出まかせ」や「嘘も方便」という言葉がある様に、「人が放つ言葉」には「嘘」や「誤魔化し」が、社会には非常に多く存在しています。
「嘘」は、1度付いたら最後、付き通さなければいけなくなるものです。そして、他の事まで嘘を付かなければ話のつじつまが合わなくなり、さらに相手に悟られる事を防ぐために、完璧な嘘を付き通さなければならないからです。
自分中心に物事を考える癖のある人が使いがちな種類の嘘が「保身の為の嘘」、すなわち自分を守るための嘘です。
常日頃から自分中心な言動を起こす人は、まずそこから改善する意識を持たなければ、遅かれ早かれ「保身の為の嘘」を付いて自分の言動を誤魔化し、それを繰り返す結果になってしまいます。
しかし、保身のためであれ、何であれ「嘘」は、どんなに頑張ってもいつかはバレます。これは嘘を付く前から明らかな事なのです。そして、「嘘を付かれた」という事実が残り、相手の心を大きく傷付けます。「嘘を付く」とは「人の信用を裏切る事」です。
それだけに、「嘘」は人間関係や人と人との心を繋ぐ「信頼関係」に消えない傷を残します。
絶対に失いたくないものがあるならば、「正直」になることが最も重要なことなのです。
“正直な申告”で記憶に残る伝説のゴルファー「ボビー・ジョーンズ」
ゴルフは他のプレーヤーへの心くばりとともに、審判の立ち会いのないスポーツとして、プレーヤーの「誠実さ」と「正直さ」を求めています。ボールの位置やスコアなど、いくらでも誤魔化すことができるのもゴルフなのです。
そんなゴルフで、輝かしい戦績とともに、それにも増して“正直な申告”で記憶に残る有名なプレーヤーがいます。「ボビー・ジョーンズ」です。
欧米の紳士淑女に対して、どのようなゴルファーになりたいかを尋ねたら、決まって出てくる名前が「ボビー・ジョーンズ」、最も尊敬するゴルファーは誰かと尋ねても、やはり同じ答えが返ってくるそうです。これだけ多くの人々から尊敬されているボビー・ジョーンズとはどういうゴルファーなのでしょうか?記憶に残る“正直な申告”とは?
ボビー・ジョーンズは、その自制心に富むプレー態度から、「球聖」や「皇帝」と呼ばれたゴルフ史を代表する伝説のゴルファーです。
ボビー・ジョーンズ(Bobby Jones、1902~1971)は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ市生まれ。本職は弁護士で、終生アマチュアを貫きました。
ボビー・ジョーンズの戦績は輝かしく、全米オープン、全英オープン、全米アマ、全英アマと当時のメジャー・トーナメントを全て同じ年 (1930年) に優勝した唯一人の年間グランドスラマーです。1923年に最初のメジャー優勝となった全米オープンに勝ってから 1930年までの僅か8 シーズンの間に、メジャー優勝 13回(全米オープン4回、全英オープン3回、全米アマ5回、全英アマ1回)という偉業を成し遂げています。
記憶に残る“正直な申告”
しかし、世界中のゴルファーから尊敬されるまでにボビー・ジョーンズの名を高らしめたのは、輝かしい戦績だけではありません。1925年の第29回全米オープンでの“正直な申告”という出来事からと言われています。
11番ホール、ボビー・ジョーンズの放ったティーショットはグリーンを外れ、横にあるマウンドの急な坂の途中に止まりました。そのボールをプレーするべくスタンスを取り、アイアンクラブがラフの草に触れたとき、微かにボールが動きました。
ボビーは、そのわずかな動きを誰も見ていなかったにもかかわらず、「アドレス後にボールが動いた」と申告し、自分に1罰打を科してプレーを続けました。
このペナルティーもあり、全米オープンはプレーオフで敗れました。同伴プレーヤーだったウォルター・ヘーゲンは「誰も見ていないので、ペナルティーの必要はない」と進言したそうですが、ボビーは頑として聞き入れませんでした。
この試合後、全米ゴルフ協会にはボビー・ジョーンズの“正直な申告”に数千通もの賛辞の手紙が舞い込ました。
それがボビーには心外だったらしく、「私が銀行で金を盗まなかったからといって誰も褒めないでしょう?ゴルファーとして当然のことをしたまでです。自分を騙すぐらい悲しいことはありませんから」と言って応えたものだから、世界中のゴルフファンは改めてボビー・ジョーンズの「ゴルフを大切にするフェアプレーの精神」に深く感銘を受けて、当時のゴルファーは、みんなボビーの虜となりました。
2016年ゴルフ規則の改定で、プレーヤーに原因がない場合は罰なしに!
アドレスした後にボールが動いた場合のルールは、2015年まで規則18-2b(アドレスしたあとで動いた球)により、1925年と同様に1打の罰を受けることになっていました。
しかし2016年、この度のルール改正で、規則18-2bが削除され、プレーヤーがストロークを始めた後や、ストロークのためにクラブを後方に動かし始めた後に球が動き、その球をストロークしてしまった場合、ペナルティーがなくなりました。ようするにストローク中、ボールが動いてもプレーヤーに原因はないということです。
伝説ボビーも短気で手に負えない若者だった
しかし、そんなボビー・ジョーンズも10代の頃は、非常に短気で、ミス・ショットをするたびにクラブを放り投げたり、地面に叩きつける手に負えない若者でした。
有名なのは1921年、初めて出場した全英オープン、そして初めて訪れたセント・アンドルーズのオールドコースで、最初の9ホールだけで10オーバーの46を叩き、10番ホールもダブルボギー、11番ホールもティーショットをバンカーに入れ、ダブルボギーパットも外して茫然自失、6打目のパットを打たずに、そのままスコアカードを破り捨てて棄権したというのです。これをボビーは終生、痛恨の記憶としました。
さらに同じ年の全米アマでは、ボビーの放り投げたクラブが女性の足に当たり、USGAから出場停止を勧告される事態にまで陥りました。
すぐにボビーは「今後は感情を抑制し、こうした行為をしないと誓います」と深く陳謝し、何とか事なきを得ました。
これを境として、ボビーは短気の克服するために、「ゴルフとは他人ではなく自分との戦いである」ということを知り、「敵は自分の内にある」ということを導きだしました。
自分の性格を見つめ直すことほど難しいことはありません。彼はそれを短期間で見事にやってのけました。
1921年以降、ボビーはトーナメントコース上では完全に紳士として振舞い、以降彼がトーナメントの最中に感情を爆発させたことは一切ありません。そしてその後、輝かしい戦績を残し、伝説のゴルファーとなったのです。
普段のボビー・ジョーンズは温和で、人には優しく思いやりをもって接し、万事について控えめでした。そして何より誰からも好かれました。周りの人を不思議と和ませてしまう雰囲気をもっていたようで、人々はこぞって彼の周りに集まっていきました。
史上唯一のグランドスラムを達成したほどの名手が、誰にも負けないほど正直でクリーンなゴルフをしていたことが、現在のアメリカゴルフの伝統として色濃く残っています。
絶対失いたくない「信頼」のために信じてもらえる行動をとる
『嘘つきは泥棒の始まり』という言葉があります。
これは、『平気で嘘を付くほど、良心を失くし、罪悪感を感じなくなってしまっては、やがては盗みも平気で出来る様になってしまう』という意味です。
「嘘」を重ねる毎に、「嘘を付く事」に抵抗が無くなっていきます。そしていつしか「大ホラ吹き」になった時には、他者と疎遠になり、当人の周囲には人が集まらなくなるでしょう。
それだけに、「人と人とのコミュニケーション」にとって「嘘を付かない」、「正直である」ことは、永遠不変のマナーであり、互いに「信用出来る人か否か」という問いに対して答える基準にもなります。
「信じる事」は大切な意識であり、そこから「他者への信用」が生まれ、人と人との「心の繋がり」や「信頼関係」が形成されていき、時と共に深みを増していきます。
たとえ「嘘を付く」誘惑に対面したとしても、「保身など自分を中心に」考えるのではなく、「絶対に失いたくない大切な存在である相手がどう思うかを中心に」考える事が「思いやり」です。後になって後悔しても、後ろめたい想いを引きずって苦しんでも、大切な存在を失う事になっても、時間を戻す事は出来ません。そして、「誘惑に負けた」その瞬間に、既に相手と当人を結んでいた「信頼」という糸は切れるのです。
つまり、「信頼関係を結び強めていく」には、互いに信じる気持ちと共に「信じて貰える行動を取る」ことが最も重要なのです。
これを機会にもっと深くボビー・ジョーンズを知りたいと思いました。
ボビー・ジョーンズにつきましては、多くの本が出版され、また映画も作られています。
これを機会に、ボビーにさらに興味が湧き、片っ端から見ていきたいと思いました。
◆参考文献
「王者のゴルフ」夏坂健/日本ヴォーグ&スポーツマガジン社
「ゴルフルール事件簿」マイク青木/日経ビジネス文庫
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