この世は不思議。

AIエージェント、DX、デジタル化――。
こうした言葉が飛び交う一方で、「省エネ」や「省資源」という言葉は以前ほど聞かれなくなりました。
しかし、資源の乏しい日本がこれからも世界の中で存在感を発揮していくためには、もう一度「ものづくり立国」の意味を問い直す必要があるのではないでしょうか。
ものづくりとは、単に工場で製品をつくることではありません。
品質を高める。
コストを下げる。
納期を守る。
そのために品質管理・原価管理・納期管理を柔軟に運用しながら、PDCAを回し続けることです。
とりわけ、VE(バリューエンジニアリング)やIE(インダストリアルエンジニアリング)の視点に立った改善活動は、日本企業が長年培ってきた強みでした。
限られた資源の中で知恵を絞り、品質を維持しながらコストを下げ、価値を高める。
この力こそが日本の競争力の源泉だったのです。
ところが近年は、本質的な改善活動よりも言葉やイメージによる企業努力が注目され、本気のコストダウンや生産性向上への取り組みが弱くなっているように見えます。
その結果、改善による価値向上ではなく、安易な値上げに頼る傾向も見受けられます。
本来、企業は品質・コスト・納期を高いレベルで実現するために競い合い、高め合う存在です。
しかし、国際分業の名のもとに生産拠点を低賃金国へ移転し続けた結果、日本国内では技能の蓄積が弱まり、産業の空洞化が進みました。
さらに、M&Aや金融投資が経営の中心課題として語られるようになり、現場で価値を生み出す技能への関心は相対的に低下していきました。
そして現在、その流れの上にAIやDXがあります。
もちろんAIやDXそのものを否定するつもりはありません。
むしろ重要なのは、それらを使いこなす人間の技能です。
なぜなら、人間の尊厳の源であり、価値創造の源泉である技能は、簡単には代替できないからです。
今こそ、日本は「ものづくり立国」を「技能立国」として再定義する時ではないでしょうか。
技能とは製造業だけのものではありません。
政治には政治の技能があります。
行政には行政の技能があります。
経営には経営の技能があります。
介護には介護の技能があります。
教育には教育の技能があります。
そして、人間関係にも人間関係の技能があります。
あらゆる分野において、優れた技能は正当に評価され、顕彰され、それに見合った報酬が支払われる社会であるべきです。
伝統工芸士が尊敬されるように、あらゆる業種・業態において優れた技能を持つ人材が尊重される国こそ、真に豊かな国だと考えます。
AIの普及によって、知識だけに依存する仕事は確実に変化し始めています。
これから求められるのは、知識を現実の価値へと変換する技能です。
経営者も、管理者も、技術者も、現場の担い手も、それぞれの技能が問われる時代になります。
また、サイバー攻撃への対応にしても、国防にしても、高度な技術を支えるのは最終的には人間の技能です。
資源に恵まれない日本が未来を切り拓く道は明確です。
それは、「技能」によって「技術」を磨き、「技術」によって価値を生み出し続けることです。
小資源国ニッポンが世界の中で生き抜くために、今こそ「技能尊重」の時代を築いていきたいものです。


