「練習しなさい」と言った瞬間に、空気が止まるとき
「この子は、社会に出てやっていけるのだろうか」。育てにくさを感じる子を育てていると、そんな心配が頭をよぎることがあります。集団になじみにくい、自分のペースを崩したくない、あるいは不登校や行き渋り。そのたびに、「社会」という言葉が、重くのしかかってくる。けれど、「社会」という言葉で私たちがイメージしているものは、本当に今の社会の姿と合っているのでしょうか。能力の話をする前に、見直したいことがあります。
1. 「社会」というイメージが、古いままになっている
「社会でやっていけるか」と心配するとき、私たちの頭のなかには、漠然とした「社会像」があります。集団に合わせる、同じペースで動く、指示に従う〜そうしたイメージが、昭和や平成の前半の社会観のまま、残っていることが少なくありません。いま、社会は変わりつつあります。多様な働き方、リモート、個別最適。平均的なレールに乗ることだけが、社会でやっていくことではない。その視点を持つだけで、見え方が変わります。
2. 社会でやっていく力は、一つではない
「社会でやっていく力」を、一つの型で考えていないでしょうか。実は、社会で求められる力は、場面によっても、時代によっても変わります。その子の強みや色が、ある場面では弱点に見え、別の場面では武器になることもある。平均のレールに戻すのではなく、この子の色を鮮やかにする。その関わり方のなかに、社会で使える力を見いだす視点があります。
この子の色を、社会で使える力に変える
この子の強みや色を、一番近くで信じて伸ばす。その関わりを、家庭のなかで少しずつ整えていく。それは、「社会に合わせる」とは違う方向です。この子の色を、社会で使える力に変える。その見立てと微調整は、親が一番近くでできることの一つ。診断やラベルよりも、日常の関わりと見方を信じる。そのスタンスで向き合うと、将来への不安の質が、少しずつ変わっていくことがあります。
まとめ
「社会でやっていけるか」と心配する前に、社会像を更新し、この子の色を信じて伸ばす関わりを整える。その視点があるかどうかで、親子の歩み方は変わるでしょう。



