JACOT
コラム「脳を育てる」から今まで述べてきましたが、神経発達症(発達障害)とは、「何らかの精神発達のおくれをもち、それが生きにくさをもたらしている」と定義され、これが脳の機能障害によるものです。
そして、神経発達症(発達障害)のケアには、「楽しく、心地よい運動」をして、神経伝達物質の分泌量を適量確保することや神経細胞(ニューロン)と神経細胞(ニューロン)の接点であるシナプスを増やすことですと述べました。
さらに、前回「アストロサイト」の異常が、神経発達症(発達障害)に関わっていて、その原因の一つに脳の発達を助けるホルモンであるインスリン様成長因子(IGF)の遺伝経路を阻害していることがわかりました。
そのインスリン様成長因子(IGF)は、「楽しく、心地よい運動」をしているときに、BDNF(脳由来神経栄養因子)によって、その量を増やすと述べました。
つまり、BDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすことができれば、これも神経発達症(発達障害)のケアになるということになります。
前のコラム「神経細胞(ニューロン)の維持と成長に関わる神経栄養因子1及び2」で、「神経栄養因子BDNFはシナプスの近くの貯蔵庫に蓄えられ、血流が盛んになると放出される」と述べましたが、具体的にBDNF(脳由来神経栄養因子)の量を増やすためには、どのようにしたらいいのでしょうか。
脳科学の研究から、BDNF(脳由来神経栄養因子)の放出つまり増加について説明します。(アメリカの医学博士ジョンJ.レイティ著「脳を鍛えるには運動しかない」NHK出版)
米国カリフォルニア大学アーヴァイン校の脳老化・認知症研究所カール・コットマン所長は、マウスに運動させて脳内のBDNF(脳由来神経栄養因子)量を測定する実験をしました。重要なのはマウスが「自発的に運動する」ことでした。無理やりランニングマシンで走らせたら、どんな結果が出ても人為的ストレスによるものだからです。人間と違って、げっ歯類はもともと体を動かすのが好きなようで、走ったマウスの脳は、BDNF(脳由来神経栄養因子)が増えていました。また、長く走ったマウスほどその量が多かったのです。特に海馬で急増していました。コットマン氏の研究によって、運動が学習のメカニズムを細胞レベルで強化することを証明しました。BDNF(脳由来神経栄養因子)は、情報を取り込み、処理し、結びつけ、記憶し、つながりをもたせるのに必要な道具をシナプスに与えているのです。
カナダのマギル大学の心理学者ドナルド・ヘップ氏は、実験用のラットを何匹か家にもち帰って、ペットと同様に触られたりおもちゃにされたことにより、学習検査でははるかにいい成績を収めました。ヘップ氏は、この現象を「使用がもたらす可塑性」と呼びました。ヘップ氏の研究がなぜ運動に結びつくかというと、脳にとって運動は新しい経験になるからです。刺激の多い環境に置かれたラットたちは、学習作業をうまくこなしただけではなく、空のケージにぽつんと置かれたラットに比べて脳が重くなっていました。実験は「環境富化」と呼ばれ、ゲージにおもちゃや障害物、回し車を置いたり、食べ物を隠したりして、ラットたちをひとつのゲージにまとめ、互いと付き合いながら遊べるようにしました。感覚刺激と社会的刺激の多い環境で暮らすと、脳の構造と機能が変わることがわかりました。もちろん、ラットの脳は、BDNF(脳由来神経栄養因子)が増えていました。
米国イリノイ大学神経科学者のウィリアム・グリーノー氏は、「環境富化」によって、神経細胞(ニューロン)に新たな樹状突起が生じることを確認しました。その新しい枝は、学習、運動、社会との接触という環境の刺激によって生まれたもので、その結果、シナプスは結びつきを増やしました。その結びつき部分の髄鞘が厚くなることも確認されました。このような成果にもBDNF(脳由来神経栄養因子)が深く影響を与えていました。(p54-p60)
以上の研究の成果から、「自発的に運動する」ことや「環境の富化」が、BDNF(脳由来神経栄養因子)を増やすことになることを実証しました。
次回に続きます。