「生きる力」は、共同体感覚
今回は、前回の続きをご紹介します。
前回、脳の神経栄養因子BDNFはシナプスの近くの貯蔵庫に蓄えられ、血流が盛んになると放出されます。その際に、体内の多くのホルモンが招集され、そのプロセスの手助けをします。ホルモンは、インスリン様成長因子、血管内皮成長因子、線維芽細胞成長因子などです。と説明しました。
インスリン様成長因子は、活動中の筋肉がさらに多くの燃料を必要とするときに放出されるホルモンです。グルコース(ブドウ糖)は筋肉にとって主要なものですし、脳にとってはこれが唯一のエネルギー源であり、インスリン様成長因子はインスリンと協力して、グルコースを細胞まで運んでいます。脳のエネルギー源であるインスリン様成長因子は、学習に関連するはたらきをしています。運動(※ここでいう「運動」は、楽しく、心地よい運動という意です。)している間に、BDNFは脳のインスリン様成長因子の摂取量を増やし、そのインスリン様成長因子は神経細胞(ニューロン)を活性化して、信号を送る神経伝達物質のセロトニンやグルタミン酸を盛んに作らせています。また、インスリン様成長因子はBDNF受容体の生成を促し、神経細胞(ニューロン)の結びつきを強くして記憶を確実なものにしています。BDNFは特に長期記憶にとってたいせつなものです。
これは、人間の進化の過程からみると、理にかなっているものです。私たち人間の営みは、食物を探し、手に入れ、蓄えるためでした。そのために必要な学習能力を身につけてきたのです。学ぶためには燃料が必要であり、燃料源を見つけるには学ぶ必要があります。身体から出される様々な因子のおかげで、このプロセスは保たれ、人間は適応し、生き残ってこられました。
新しい細胞に燃料を送るには、新しい血管が必要です。運動中に筋肉が収縮したときなど、細胞内で酸素が不足すると血管内皮成長因子が身体でも脳でも毛細血管を作り始めます。血管内皮成長因子が神経細胞(ニューロン)新生に欠かせないのは、血液や脳関門の透過性を起こしているからではないかと言われています。運動をすると血管内皮成長因子が関門をこじ開けて、他の因子が脳に入ってこられるようにしているようです。
身体から脳へ送り込まれるもう一つの重要な因子は、線維芽細胞成長因子で、これもインスリン様成長因子や血管内皮成長因子のように運動中に増加し、神経細胞(ニューロン)新生に必要なものです。線維芽細胞成長因子は体内では組織の成長を助け、脳では神経細胞(ニューロン)の長期増強にとってたいせつなはたらきをします。
人間は元来、身体を動かすようにできています。そうすることで脳も動かしているのです。
学習と記憶の能力は、祖先たちが食料を見つけるときに頼った運動機能とともに進化してきました。脳にしてみれば、身体が動かないのであれば、学習をする必要は全くなかったということになります。
次回に続きます。