脳からみた生きる力
今回は、前回の脳の神経伝達物質と同様にたいせつなものを紹介します。
それは、「因子」と総称されるたんぱく質群で、最も重要なものが脳由来神経栄養因子(BDNF)です。神経伝達物質は信号を伝えますが、BDNFのような神経栄養因子は、神経細胞(ニューロン)の回路、つまり脳のインフラを構築し、維持をしています。
何かを学習するときには、長期増強(LTP)と呼ばれる動的なメカニズムによって神経細胞(ニューロン)のつながりを強化することが欠かせません。脳が情報を取り込むように命じられると、自然に神経細胞(ニューロン)間の活動が起きます。その活動が繰り返されるほど、神経細胞(ニューロン)同士はより強く連絡し合い、信号は伝達しやすくなり、神経細胞(ニューロン)間の結びつきができていきます。具体的には、まず軸索に蓄積されているグルタミン酸がシナプスを通して次の神経細胞(ニューロン)に送られ、受容体の構造を変えます。すると、受容部位の電位が上昇し、グルタミン酸を磁石のように引き寄せるようになります。グルタミン酸の信号がさらに送られ続けると、その神経細胞(ニューロン)の細胞核の中にある遺伝子のスイッチが入り、シナプスの材料となる物質がもっと作られます。こうして土台が強化され、新しい情報が記憶として保存されていくのです。
こうして、学習を繰り返したシナプスはそのものが大きくなり、結合がより強くなります。そして、神経細胞(ニューロン)の樹状の枝に新しいシナプスが増えたり、新しく枝が出てシナプスを形成したりして、さらに結合を強くします。これが、シナプスの可塑性です。そのメカニズムの中心的役割をするのが神経栄養因子BDNFです。
神経栄養因子BDNFはシナプスの近くの貯蔵庫に蓄えられ、血流が盛んになると放出されます。その際に、体内の多くのホルモンが招集され、そのプロセスの手助けをします。ホルモンは、インスリン様成長因子、血管内皮成長因子、線維芽細胞成長因子などです。運動すると、これらの成長因子が血液や脳関門を通過し、脳内でBDNFと協力して学習に関わる分子メカニズムを活性化させます。運動中は、脳内の幹細胞の分化のはたらきがより顕著になります。さらに重要なのは、こうした因子が身体と脳の直接的なつながりをもっていることなのです。
次回に続きます。