車いすで
前回のコラムで、ICUから一般病室に移った母は、バクバクとミカンゼリーを食べた…と書いた。
母の気力、食べる意欲さえあれば、後は回復あるのみ…と思っていた。単純に。
しかし、思わぬところにハードルがあったのだ。
それは、病院の介護力の低さ。愕然とした。
(担当の看護士さんに、以下の状況、感じたこと、思うこと、改善してほしいこと全部はっきり伝えたので、ここにもありのまま書きます。)
母に食べさせるのがヘタくそで、それでうまく食べられず、結果として、母の食べる能力のほうが否定されてしまう。
せっかく食べる気になって、おいしいゼリーが来ると思うと、いきなり間に苦い薬を混ぜられる。いやでうまく飲み込まないと、すぐに吸引チューブを入れられてガガガッと全部吸い取られ…
「口開けて」と何度も大きな声で言われても、それでその通りにできれば苦労はない…
体位変換でカラダが半分横向いたままでベッドの背上げをする…
枕が首にめり込んだままの姿勢で、あごを引いて飲み込ませようとする…
認知症であっても、言語を言語としては理解できないけど、周りの関わり方で、ちゃんと通じるということも、全くわかってもらっていないのだ。
苦しそうな母が、かわいそうで悔しくて、かなしくて。
「慣れた家族のようにはできない」と、最初に言われた。
でもそれとは根本的にちがうのだ。
私が寝たきりだった時代から、何年経ったっけ?
ほぼ四半世紀か…
医療の進歩はさすがに目覚ましいけれど、入院生活を支える介護力は…
そんな簡単に改善されるものでは無いと、重い空気が語っているようだ。
それでも、言うべきことは言う。
できないところ、こちらがしたほうがいいことはさせてもらう。
昨夜は、私が食べさせた。
気持ちをのせてのせて、ゆっくりゆっくり時間をかけて。
だいぶんがんばって食べた。
それでも、いつも以上に、もぐもぐとか、はいごっくんとか、ずっとうるさく言ってしまうので、機嫌は悪くなった。ウルサイ?ときくと、ウン…やって。
ごめんね、
あせってるね。
食べないと帰られへんねん。
また家に帰って、今までみたいに過ごそうよ。
自分の思いが強すぎて、母を置き去りにしてしまう。
看護士さんに、ブーブー言えたもんじゃない…
お母さんごめんね。
ありがたいことに、今の機嫌の悪さも、うまくのせるとすぐに忘れてくれるので、また新しく、わ〜ごはんや、食べよか〜と、今から食べるようにスプーンを口に持っていくと、うれしそうに口を開けてくれる…を繰り返す。
ごめんね、ホントにごめんね。
あせったらあかん。
また熱も出てて、なんか右足も腫れてた。
まだまだ落ち着いてはいないのだ。
何があるかはわからない。
それでも、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「大丈夫にするしかないでしょ」(昨日の朝ドラのみねこちゃんのセリフ)
大丈夫にするしかない。