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記憶のかけら

坂部智子

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テーマ:母の介護

昨晩、山奥の我が家は かなり冷え込んでいたにもかかわらず
また母が一晩中ベッドの上を動き回って、何度も落ちそうになり
目が離せなかった。

母もほとんど寝ていないと思う。
最近は、寝息が聞こえていても目が開いていることがあり、暗闇の中では
けっこう怖い・・・

起きてても、寝てても、反応があいまいで、
「こっち向いて」「背中伸ばして・・・」「お尻落ちるよ~」と
あれこれ声を掛けながら、体を動かしても「ふ・・・ん・・・」というような
息とも、声ともわからん「音?」が聞こえるだけ・・・

朝方、隣の家から小さい子供の泣き声が聞こえてきた。
なんか叱られているようで、
泣きながらも、一生懸命自分の主張を通そうとして、
さらに叱られ・・・泣き声も大きくなり・・・

ふいに母が、
「よしよし かわいそうに・・・」
「はいはい 泣かんでいいよ・・・」と言った。

私がまだうんと小さかった頃、こけたり、怪我したり、
母に叱られた以外で なんか泣いていた時、背中をなでながら言ってくれた言葉。
遠いおぼろげな記憶。
大人になって、甥っ子や、姪っ子が泣いている時に、母がこう言うのを聞いて
自分が言ってもらっていたことを思い出した・・・

びっくりした。
ガタついて動かなくなっていた引き出しが、突然スルッと開いたよう。

しかし、母の眼は、何を見ているわけでもなく、
またすぐに、ほわん~とした中に戻ってしまった。
・・・のに、なぜか母の目尻から 涙が一滴、
静かに流れた・・・

「よしよし かわいそうに・・・」
「はいはい 泣かんでいいよ・・・」

そう言おうと思って、母の背中をなでたけど
言葉は、喉の奥に引っかかったまま、出てこなかった。

母の中に今もある、母としての記憶のかけら。
私には、使えない。

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