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あの情景が

坂部智子

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テーマ:母の介護

夕食が終わると、「眠れるように」母に薬を飲ませるので、
そのあと、椅子に座ってTVを見ている間にだんだんぼ~っとしてきて
足元が危なくなる前のタイミングを見計らって、トイレに連れて行き、
布団へといざなう・・・のがここんとこのいつものパターン。

そのタイミングが早すぎても、何度も起きてきてしまうし、
まだまだ・・・と思っていたら、ヨタついて歩けなくなり
二人してこけそうになり、えらいことになる。

「眠れるように」の薬のかげんには苦労するけど、“恩恵”には、ずいぶんあずかっている。
しかし、TVに向けている母の視線は虚ろだし、好きな歌がかかっても反応がないし・・・
いったい何を優先しているのか・・・と思うとまだまだやっぱり、心が痛む。

昨晩。
めっきり涼しくなって、山奥の我が家はかなり冷え込んでいた。
すでにぼ~っとなって、TVの前の椅子に座っている母の横で、
私が突然、大くしゃみをした。
(大分前のコラムでも書いたけど、私のくしゃみはキョーレツです・・・)

「なんちゅう声出すの・・・」
という声が聞こえた。
えっつ???と母のほうを見ると、
「ぅわっ!!!」と、両手のアクション付きで、私の背中を押す動作をしている。

これは、私が小さいころから、しゃっくりをした時に、何十回、何百回と繰り返されてきたあの情景。
しゃっくりは、びっくりさせると止まるということが、フツーに信じられている家族なので、
しゃっくりをすると、止まるまで、ありとあらゆる方法で、びっくりさせようと試みる・・・

いやいや今のは、クシャミやし・・・・
しかも日常的に、しょっちゅう大くしゃみはしている。
そして、いくら「しゃっくり」をしても、もう決して返ってくることはなかった反応。

なにかが、ほんとうに“ポッ”となにかが、灯ったように
母のどっかの扉が開いて、
これはびっくりさせな~~と、
いや、それもなく、一連の動作として、飛び出てきたのだろうか。

びっくりした。
しゃっくりやったら、完璧に止まったハズ。
またまたボーっとしている母の手をとって、笑った。
半泣きで、笑った。

ずっと、こんな風に言ってもらっていたんや・・・ということを改めて、思い出したし、
母のどこかにもちゃんとしまいこまれていた・・・ということが、ただただうれしかった。

こんな風に、たまに、どっかの扉がパカっと開くことがある。
あふれて出てくるモノの、元の姿を、ちゃんと思い出せることが、本当にありがたいと思う。
共有した思い出が、たくさんあることの幸せ。

人は、生まれて、いつか死ぬ。
その間を、どう過ごすか。
家族とだけではなく、出会った人たちと、
つながった瞬間を、積み重ねて、
大切に生きていくこと。

どんなときにも、どんな状態であっても、
そのことが、ちゃんと心の中で生きている。

そう思えることで、
母に、今、そう教えてもらうことで
ちょっとは、心が楽になれる気がする。
ちょっとは、心が強くなれる、
そんな気がしている。

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