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せっけんをかじる

坂部智子

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テーマ:母の介護

暑くて、寝不足も続いている母は、ずっと機嫌が悪い。
昨晩、いつものように歯の掃除をしようとすると、
えらいイヤがって、口をギューっと閉じてしまった。

あ~やらこ~やら手を変えても、イィ~っと歯を噛みしめて
睨みつけるので、こっちもブチっ。
「あ~そう、いいやん、口が汚くても、好きにし~な」と、
捨て台詞(イケマセン)を吐いて、片付けに行って、
そのわずか、10秒程の間。

流しで、何かを口に入れている。
瞬間、いやな予感。
バッッと、見に行ったらなんと、
つるしてある石鹸(昔のレモン石鹸のように、赤いネットに入れてぶら下げていた)に
かじりついて、ネットの部分を噛みちぎっている。

「なにしとん~~~~!!!」と、奪い取り、顎をつかんだ。
(そんな冷静な 物静かな対応なんて、とっさにデキマセン)
背中を叩いて吐き出さそうとしても、体をよじり、がんとして口も開けない。


5秒後、少しこちらが落ち着いた。
じ~っと、黙って立っていたら、
ぼそっと、「変な味する」と言う。

サッと 口をこじ開けて、のぞいたけど、口の中にはもう何もない。
異物を吐きださすのに、醤油を垂らすとか、何かの裏ワザがあったように思うけど、
思いだせない。
とにかく水を飲ませて、吐きだす(口の中のみ)を何度か繰り返した。
母は、ケロっとしている。

恐らく、飲んだせっけんの量はわずかやろう。
ネットを噛みちぎる時に、ついていたぐらいと思う。
飲んだモンは もうしゃあない。
次の展開がもしなにかあったらで、また考えよう・・・と
薄情にも結論づけた。

そして、気持ちが落ち着いたら、腹が立ってきた。
おそらく、私が「口が汚い」と言ったことへの反逆(?)や。
行動としたら、いわゆる、認知症の周辺症状としての異食ともとれる、いや、
まさしくそうだけど、そこに至る経緯や、一連の態度に
こういういい方はよくないけれど、元々の頑なさというか、我というのが
端的に表れていて、
げんなりした。

びっくりしたのとも、ショックともちがう。
こんな風に感じてしまう自分を もてあましながらも、
こんなんされたら、もうしゃあないやん・・・
と、投げやりになっている自分を もうどうしようもない。

それでも、しばらく様子をみて、
落ち着いているので、寝る準備をして、トイレもして、
布団に入れて、しばらく横でついて、
すぐに起きだし・・・がまた始まって、
それから、2時間ほど・・・で、ようやく眠る・・・まで、
頭の中では、出しておいたら危険な物を片付ける算段をずっとしていた。
とっさの行動を防ぐことはできなくても、せめて繰り返すことは、阻止できるように。
そう考えているその気持ちの部分が、何なのかは、もうわからなくなっていた。

「口が汚い~」のセリフが、そもそもアカンと、よくわかっている。
相手のことを想いやって、
好きでわからないわけじゃない、病気がそうさせると、
ちゃんとわかって受け取っていたら・・・・
私がこんな 次元の低いところで、イライラしなければ・・・と
自責の念は もちろんある。

けれど、それでも、「もう無理」と、開き直るすさんだ気持ちが
黒い暗い塊になって心の深いところに イヤな感じに根付いてしまった、
そんな気がしている。

暑いから、こっちも寝てないから、頭痛いから、
いろいろ言い訳はあるけど、
この塊を抱えたことを自覚して、
母と過ごす日々を、
何より、この仕事をしていることを、
冷静に、見て、みて、みて、問い続けて行くしかない。

人が人と関わるということ。
良くも悪くも、生身の“さし”のぶつかり合いであるということ。

どれだけ、自分の心を 剥いてむいて、つきつけられるのだろう・・・・
逃げることは、もうできない。

それだけは、決めている。
けど、ちょっと、弱っている。

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