第1回 おかえりなさい、気を付けて 全5回
第2回 衝撃 ―― 2017年、あの展示場で聞いた「欧州に30年遅れ」の一言
こんにちは。再び、深健工舎の一級建築士大工のカズ こと 深澤一喜です。
深健工舎は、群馬県前橋市を中心に、自然素材を使った高気密・高断熱・高耐震の健康住宅を、新築・リノベーション・リフォーム工事で手掛ける、設計事務所併設の大工工務店です。
まず、前回のおさらいです。 第1回では、父から引き継いだ深澤建設を2025年1月に「深健工舎」へ改名し、新たな気持ちで再スタートしたことをお話ししました。「深」は深呼吸から、「健」は健康な家から、「工舎」は職人と設計者が一緒に家づくりに向かう場所から。そして、その決断のきっかけのひとつが、2017年のある展示場での衝撃体験だったこともお伝えしました。今回は、その日のことを詳しくお話しします。
2017年のことです。当時の私は、設計と施工の現場でちょうど中堅どころ。一級建築士の資格を活かし、現場と図面、両方に向き合う充実した日々を過ごしていました。ある日、住宅業務向けのソフトウェアを扱う会社の営業さんから「面白い展示場でセミナーがありますよ、一緒に行きませんか」と声をかけていただきました。誘われるまま、仲間とともに、私が住んでいる市とは別の市、同業他社の展示場へ向かいました。
展示場のドアを開けた瞬間、私は息を呑みました。広いリビングには木の香りが漂い、床には表情豊かな無垢材、壁には漆喰(しっくい)や珪藻土(けいそうど)。そして、家の中心に据えられたオープンキッチン。家族の団らんが、自然と目に浮かぶ空間でした。ここで建てているのは、私が手掛けてきた家とはまるで違う世界の家でした。ふんだんに木材を使い、自然素材を惜しみなく取り入れ、居心地の良さを最優先にしている。同じ大工の仕事なのに、その差は歴然としていました。
そして、その広いリビングの一角で、住宅性能をテーマにしたセミナーが始まりました。講師はヨーロッパの住宅建材を扱う建材屋の社長さん。「日本の住宅は、欧州に30年遅れている」。その一言が、静かな会場に響いたとき、私の頭の中は真っ白になりました。
悔しい。恥ずかしい。情けない。同じ「家」をつくっているのに、私たちの現場では、この性能差が当たり前になっていた。そんな感情が一気に押し寄せました。その日の帰り道、私はひとりで前橋まで車を走らせていました。田んぼ道を通りながら、しばらく黙って走っていました。頭の中に残っているのは、あの講師の一言だけ。「日本の住宅は、欧州に30年遅れている」。
では、その「30年遅れ」とは、具体的にどれほどの差なのか。外皮平均熱還流率(UA値)という数字で見てみます。UA値とは、住宅の外壁や屋根、窓、床からどれくらい熱が逃げるかを示す数値で、小さいほど断熱性能が高いことを意味します。
基準UA値(W/㎡K)
日本 2025年義務化(断熱等級4)≤ 0.87
日本 ZEH基準(等級5)≤ 0.60
日本 トップ等級(等級7)≤ 0.26
ドイツ・パッシブハウス≈ 0.15
参考:国土交通省 省エネ住宅(https://www.mlit.go.jp/shoene-jutaku/)、HEAT20 グレード表(http://www.heat20.jp/grade/)、YKK AP 断熱等性能等級表(https://www.ykkap.co.jp/business/law/supportguide/insulation-grade/)。
日本の最低ライン(0.87)は、ドイツ・パッシブハウス(0.15)の5〜6倍も熱が逃げやすいことを意味します。私が手掛けてきた家が、まさにこの「30年遅れ」の中に位置していた。その現実を、数字として突きつけられた瞬間でした。
この日から、深健工舎の自社基準を欧州の水準に近づける覚悟が生まれました。次回は、この「遅れ」が実際に人の命にどう関わっているのかを、数字で確かめていきます。


