利他の心
1つの行動をするにも、意識して行う行動と無意識のうちにしている行動があります。
例えば、目の前の目玉焼きを食べようとする時、右手で箸をもち、指を動かし、たまごをつかみ、口へと運ぶという一連の動作があります。
箸を持つ、おかずをつまむ、口に入れるなどは、意識していますが、その裏で、左腕や頭や首などは意識を支えるかのように、連動して動いてくれます。
このことを考えると、意識している行動よりも無意識のうちにしている行動の方がかなり多い事が想像できます。
箸の持ち方一つでも、食事の作法でも、幼い頃からの意識してやりながら、繰り返し同じ行動を繰り返しながらすることで、無意識のうちにできるようになっていきます。
「身体が覚えている」なんて言われる事を聞く事がありますが、繰り返しの成果を表している言葉のように思います。
無意識は、このように私自身が生きていく時に役立つように裏方となって働いてくれます。どれだけ苦労して身につけようと、その苦労を忘れ、当たり前のように働いてくれます。
この事は、行動だけでなく、見方や考え方でも同様です。
何度も時間を守る事を大事にするように躾けたれていくと、時間厳守の自分に育ち、身につくと、当たり前のように時間を守り、他人にも要求する程になります。
これまで、生きるためにどれだけ多くの事が意識から無意識へと磨かれていったかわかりません。
ある説によると、意識:無意識=1:20000とも言われます
無意識は、自分自身を守る力となって働いてくれています。
でも、環境や状況が変わると、折角磨いたものが、役に立たなくなる事があります。
これが、葛藤やストレス、ぎこちなさなどとなって現れることになります。
自分の中で、
「何故、使ってくれないんだ。」
「どうして、そちらを選ぶんだ。」
などと言い争っているようなものです。
柔軟に対応できれば良いのですが、頑固で融通が効来ません。
一度身につけたものはなかなか簡単には、変えられません。
変化の激しい現実社会では、ますます無意識の扱いが難しくなっていきます。
そんな無意識を、うまく操ることができれば、かなり生きやすくなるのではないでしょうか?
無意識は、気づかない事が普通です。
うまく操るためには、まず気づくことから始めることになります。
これに役立つのが、違和感や負の感情です。
違和感や負の感情は、自分にとって危険を知らせてくれるサインになります。
このサインをキャッチし、何かが抵抗していると探っていきます。
例えば、体の不調、身体の痛みなどは分かり易いと思います。また、怒りや苦しみなどの感情の高まりも役に立ちます。
何を大事にしているのか、何故こだわるのかを探ります。
そして、今の自分を生かすためにどのように変えていけばよいのかを
考え、行動に表します。
新しい行動は、意識的ですから、すぐに身につくものではないので、繰り返し意識的にとりくみながら、無意識になるまで続けることになります。
例
病気でいただいた薬の影響でしょうか、朝夕の食後のくすりを飲んだ後に胸焼けがします。
「私の身体は、病気との戦いをしていてくれるのだ。」
と思いました。
無意識の中で身体が私を守るために必死で働いてくれている感じです。
でも、
「この痛みを何とかしたい。」
と思いました。
そこで、身体に協力できる事はないかと、自分の食事を振り返ってみました。すると、「早食い」の自分が、顔を出してくれました。
咀嚼を意識し、ゆっくり時間をかけて食事をするように、身体を労わる気持ちで食事に時間をかけるようにしました。
また、睡眠をとる時にも痛みが続くので、胸に手を当て、「回復に力を貸してください。」と神様(見えない大きな力)にお願いしながら、横になっていました。
すると今朝からは、痛みがなく、快適な1日を過ごす事ができました。
これは、偶然だったかもしれませんが、今まで以上に自分自身の身体が愛おしく、大事にしたいと思って取り組んでみました。
これからも、私を生かしてくれる身体のために、咀嚼を意識して十分時間をかけて食事をしたいと思います。
今回の取り組みを振り返ってみると、ダイエットに挑戦している人について、
「本当に自分の身体を気遣ってダイエットに挑戦しているのだろうか?
自分のエゴを満足させるためのダイエットではないだろうか?」
と思いました。
(美しく見せたい、お気に入りの服に合う体型にした、体型のよい自分を他人に見せたいなど)
自分の身体を心から愛おしく、大事ににしたいと思ってダイエットするのであれば、身体が協力しないはずはないと思います。
身体も喜ぶはずだから、リバウンドなどもないはずです。
また、無意識は自分を守るため働いていると考えると、意識がそれを歪めていることもあるように思いました。
(寝不足、暴飲暴食、〜依存、〜なり過ぎ(とりすぎ)など)