戦争と向き合う
問題は起きていますが、何となく今日も穏やかに過ごせました。
今週は、自分を磨くために「緊張感」が湧き上がる瞬間を観察してみました。
緊張感が高まる事は、自分の中にある強固なプログラムが反応しているのだろうと思います。
例えば、誠実に生きたい自分が、「誤魔化しを許さない」と声をあげて、誠実さが犯されないに自分を守っているように思います。
これは、無意識の反応ですが、常にこの生き方をしたいと思っているので、意識的に言葉として伝える事ができます。
だからと言って、誤魔化さないかと言えば、そうではなく誤魔化す自分もいます。
また、真面目にコツコツと働く自分もいます。「さぼってはいけない。」と時々声をあげますが、さぼる自分もいます。
そして、正義感の強い自分もいます。「不正は許さない。」と声をあげます。もちろん不正をする自分もいます。
どちらが強いかといえば、前者が強いように思います。
この前者が協力し合って自分らしさを発揮している時に緊張感が高まるように思います。
自分を守るために全力をあげている感じです。
孫を怒った時の事を振り返ってみると、孫と自分を同一化しているから、孫の対応が気に入らず、孫を怒る事で、自分と同じ意識で生きてほしいという願いを届けているように思いました。
他人事にすれば、それ程緊張感を感じずに済むのだろうと思います。
また、会議に個性が出てるのは、情報を共有するため他人事にはできないため、自分が生きやすい場にしたいという思いが無意識のうちに働くのだろうと思います。
柔軟な対応ができる穏やかさがある時は、かなり視野が広がり、自分を守る必要はありません。だからと言って、他人事にするのではありません。小さな葛藤がありながらも、許し合っています。
自分を磨くというのは、許し合っている自分を増やす事になるように思います。
意識的にリラックスして、自分の中にいる色々な自分を興味をもって眺めてみました。