認知症と上手く付き合う
今年も残すところわずかとなってきました。
新年を迎える時、気持ちを切り替え、新たな目標を立てる人も多いことと思います。
節を作り、過去を振り返り、未来を創造する営みは、人間だから出来ることです。
ただ、この営みを他力で行うか、それとも自力で行うかの違いは、かなり大きな差となって、自分の人生に降りかかってくるように思います。
初詣は、他力の最たるものだと思います。成人式や、入学式、卒業式、入社式、結婚式、葬式などで、過去を振り返り、未来を創造する営みも他力になります。
自力の最たるものは、日記になります。
日々の生活に追われ、忙しく生きている私たちですが、この時間は、自分を見つめる今に留まる時間(過去を振り返り、未来を創造する営み)になります。
日々の生活に追われて、忙しく生きているとどうしても目の前のことに振り回される事が多くなり、視野が狭く、刹那的になりがちです。
立ち止まって自分を見つめる機会があれば、視野を広げる機会にもなります。
私がマインドマップによる日記を描き始めて、430日余りになります。また、このコラムを書き続けて150日程になります。
この時間は、私の長い人生から考えると、ほんのわずかな時間でしかありませんが、私にとって、かなり大きな変化をもたらした時間のように感じます。
以前より自分を見つめる時間が増えた事で、今まで以上に自分を大切にしているような気持ちになっています。
よく「自分らしく生きなさい。」とか「自分を大切にしなさい。」とか言われますが、その自分そのものがわからずに生きていることが多いように思います。
・感情に揺れ動く自分
・新たな考えを生み出す創造的な自分
・面倒見のよい自分
・好き嫌いの多い自分
・責任感の強い自分
・時間に厳しい自分 など
探せばどんどんいろいろな自分が、見つかると思います。
どれも自分ですが、どれが本当の自分だと問われた時、これだと言える自分が見つからず、YOSHIKIさんのように「わからない」と答えることになっても仕方がないと思います。
私は、立ち止まって自分を見つめる時間は、本当の自分との会話の時間のように感じています。
これらいろいろな自分を冷静に客観的に見ている自分がいます。この存在は、誰にでもあるように思います。
そして、この冷静に客観的に自分を見ている自分がいるから、自分らしく生きられるように思えてなりません。
出来事に対応しているいろいろな自分とは質感が違います。
色がなく透明な感じがします。穏やかで、静かな感じがします。
そして、この自分が、人生の指南役を果たしてくれているように思います。
どう生きたいのか・・・その答えは自分の中にしかありません。
答えを見つけるために、自分を見つめる時間を作っているのかもしれません。
あなたは、立ち止まって自分を見つめる時間を作っていますか?