互いを生かす道
母を亡くしてから、仏壇の前で手を合わせる毎日を送っています。
生前、母との関係もあまり良くなかったので、
「長男だし、仏壇がある以上、仕方がないか。先祖のこともあまり知らないし、それにしても毎日は辛いなあ。」
と、考えていました。
しかし、母が亡くなり、葬儀の準備をしている中で、母と自分自身がつながる「生き方」に触れてから、感謝の気持ちが湧き上がり、仏壇の前で手を合わせることに抵抗を感じなくなりました。
私は、仏壇に3組の仏飯とお水を用意します。
そして、無宗教で、お経を知らない私のためでしょうか、お寺さんからお経の代わりとなる短い文章頂いたので、その文書を毎日読んでいます。
文章は、自分の生き方を見つめる内容になっています。(違和感をあまり感じなかったので、これを読むことにしました。)
私なりに朝夕のお参りに意味付けをしました。
3組の仏飯は「過去」「現在」「未来」を表し、見えない世界とつながる場として仏壇の前に座り、文言を唱え、自分を見つめる時間と考えました。
そして、今では、仏壇の前で手を合わせ、
朝は「現世に生きる自分」を見つめ、夕方は「来世に向かう自分」を見つめる場と時間を設けていると考えるようになりました。
私にとって一日の節目を作る大切な時間になりました。