第8回 地域とともに進めるICT教育 ― 行政・企業・地域との連携事例

前回は「褒める」ということについて考えました。
では、その反対にあるように見える「叱る」はどうでしょうか。
最近は、
「褒めて育てよう」
「できるだけ叱らない方がいい」
という考え方を耳にすることがあります。
確かに、いつも叱られてばかりでは、子どもも大人も自信を失ってしまいます。
しかし私は、
人を育てる上で、本当に叱る必要はないのだろうか。
とも思います。
今回は、学校だけでなく、家庭や仕事にも共通する「叱る」ということについて、私自身の経験も振り返りながら考えてみたいと思います。
「叱る」と「怒る」は同じではない
まず考えたいのが、
「叱る」と「怒る」の違いです。
例えば、部下が同じ失敗を何度も繰り返したとします。
「何回言ったら分かるんだ!」
と声を荒らげる。
その時、自分の中にあるのは何でしょう。
イライラ。
焦り。
腹立たしさ。
そうした自分の感情を相手にぶつけているだけなら、それは「叱る」というより「怒る」に近いのかもしれません。
一方、
「なぜ同じ失敗が起きたのか」
「このままだと何が問題なのか」
「次からどうすればいいのか」
を本人と一緒に考える。
そして、必要なことはきちんと伝える。
私は、
怒ることが自分の感情から始まるとすれば、叱ることは相手のこれからを考えるところから始まる
のではないかと思っています。
私も「怒ってしまった」ことがある
私は長年、店長として多くのスタッフと一緒に働いてきました。
今振り返れば、いつも冷静に指導できていたわけではありません。
忙しい時。
思うように仕事が進まない時。
何度説明しても同じ失敗が続いた時。
感情的になったこともあります。
その時は、
「本人のために言っている」
と思っていたかもしれません。
しかし後から考えると、
自分の思い通りにならないことに腹を立てていただけではなかったか。
そう思うこともあります。
人を育てる立場になったからといって、最初から人の育て方が分かるわけではありません。
私自身も、スタッフを育てながら「育てる側」として成長してきたのだと思います。
叱らなければならない時もある
では、何でも優しく伝えればよいのでしょうか。
私はそうとも思いません。
人を傷つける行動。
危険につながる行動。
約束やルールを故意に守らない行動。
仕事であれば、お客様や仲間に大きな迷惑をかける行動。
こうした場合には、
「それはしてはいけない」
とはっきり伝える必要があります。
子どもが危険な行動をした時に、
「自分で考えるまで見守りましょう」
とは言っていられません。
教育には、守らなければならない一線を伝えることも必要です。
大切なのは、
人そのものを否定するのではなく、問題となった行動について伝えること
ではないでしょうか。
「あなたはダメだ」
ではなく、
「この行動はよくなかった」
と伝える。
この違いは、とても大きいと思います。
叱った後こそ大切
そして私は、「叱る」という行為で最も大切なのは、叱っている瞬間だけではないと思っています。
むしろ、
叱った後にどう接するか。
ここが大切です。
叱った後もいつまでも冷たい態度を取る。
過去の失敗を何度も持ち出す。
「あの人はダメな人だ」と決めつける。
それでは、本人がやり直す機会を失ってしまいます。
失敗した。
注意された。
反省した。
では、次はどうするのか。
そこまで一緒に考えて、再び挑戦できるようにする。
それが「育てるために叱る」ということなのではないでしょうか。
子どもにも「なぜ」を伝える
学校や家庭でも、
「ダメ!」
「やめなさい!」
だけで終わってしまうことがあります。
もちろん緊急の場合は、それで構わないと思います。
しかし落ち着いた後には、
「なぜダメだったのか」
を伝えることが大切です。
なぜ廊下を走ってはいけないのか。
なぜ人の悪口を言ってはいけないのか。
なぜ約束を守る必要があるのか。
理由を理解できれば、次から自分で判断できるようになります。
教育の目的は、
大人に怒られないように行動する子どもをつくることではなく、自分で考えて行動できる人を育てること
だと思うからです。
AIは人を叱れるのか
生成AIに相談すれば、
「その行動は適切ではありません」
と指摘してもらうこともできます。
これから教育の中でAIが使われるようになれば、学習上の間違いを指摘したり、改善方法を提案したりする場面も増えるでしょう。
しかし、人を育てるという視点で考えると、それだけでは足りないように思います。
長く一緒に過ごしてきたから分かる、その人の性格。
昨日までできなかったこと。
頑張っていること。
今、どんな気持ちなのか。
そうした背景まで見ながら、
「今回はきちんと言わなければならない」
と判断する。
そして叱った後も、その人との関係は続いていく。
そこには、人と人との信頼関係があります。
AIが教育を支える時代になっても、この部分は人間が大切にしなければならないのではないでしょうか。
叱る目的は「従わせること」ではない
大きな声を出せば、その場では言うことを聞くかもしれません。
厳しく叱れば、同じことをしなくなるかもしれません。
しかし、
「怒られるからやらない」
だけでは、本当の意味で理解したことにはなりません。
なぜいけなかったのか。
次はどうすればいいのか。
自分で考えられるようになること。
そこまでつながって、初めて「叱る」ことが教育になるのだと思います。
だから私は、
叱る目的は相手を従わせることではなく、相手が次により良い判断をできるようにすること
だと考えています。
「叱る」には覚悟がいる
褒めることより、叱ることの方が難しい場合があります。
嫌われるかもしれない。
反発されるかもしれない。
関係が悪くなるかもしれない。
それでも、その人のために伝えなければならないことがあります。
一方で、自分の感情をぶつけるだけなら、それは教育とは言えません。
だから叱る側にも、
「これは本当に相手のためなのか」
と自分自身に問いかける必要があります。
第5回では「見守る」。
第6回では「褒める」。
そして今回の「叱る」。
どれか一つだけが正解なのではありません。
見守る時。
褒める時。
そして、きちんと伝える時。
相手を見ながら使い分ける。
そこに人を育てることの難しさがあり、同時に大切さがあるのだと思います。
叱るとは、相手の失敗を責めることではなく、その人の「次」を一緒につくること。
私は、そうありたいと思っています。
次回は、
【第8回】「任せる」とは何か ― 信じて手を離す勇気
について考えてみたいと思います。
Today's English Phrase
Correct the action, not the person.
(人ではなく、行動を正す。)
間違った行動はきちんと伝える。
でも、その人自身まで否定しない。
それが「育てるために叱る」ということではないでしょうか。
■ すべてのコラムはこちら
https://mbp-japan.com/fukuoka/cncconsultingpro/service1/
■ 株式会社CNCコンサルティング 公式サイト
https://cncconsulting.pro/


