Mybestpro Members

鈴木壯兵衞プロは青森放送が厳正なる審査をした登録専門家です

お知らせ

信頼と裏切りの間で教育し独創研究する心を論じ、半導体の復活を願う『西澤潤一・人間道場』の出版

「ミスター半導体」と称された東北大学第 17 代総長西澤潤一先生が他界されてからまもなく6年になります。金融論を得意とする経済学者相沢幸悦教授が担当する補論を第2部とし、本論(第1部)を鈴木壯兵衛が執筆し、日本経済の復活を願う『西澤潤一・人間道場』が9月13日に出版されます。

https://suiyosha.hondana.jp/book/b651302.html

 西澤潤一先生は1984年に仙台市名誉市民に顕彰され、1990年に宮城県名誉県民に顕彰されています。定禅寺通り梅原鏡店前には、西澤先生の弟子達が深夜の突貫作業で植樹した仙台市名誉市民記念植樹の『もみの木』があります。

 西澤先生が1957年に出願した特許は、IBM社の半導体レーザ特許の日本上陸を阻止しました。しかし、今、日本の政府はIBM社の技術を導入して、日本の半導体産業の復活を図ろうとしています。西澤先生とは正反対のやり方で、果たして日本の半導体産業は復活できるのでしょうか。

 本書の第1部は「研究を経営するとは何か」を問うものですが、西澤先生は、特許収入のみで非営利財団法人を運営しようとされ、大変な苦労をしていました。

 筆者は第1部の内容を、冒頭に示した三角形で整理しております。「人間道場」である西澤道場の役割については第1章で、西澤道場における西澤先生の研究と指導の実践については第2章で、西澤道場の研究経営戦略については第3章で、西澤道場の理念については第4章で説明します。第4章には現役の研究者に伝えるようにと筆者に託した西澤先生の遺言が記載されています。そして三角形で整理した内容の基幹となる西澤先生の愛については第5章で説明します。「経営する」には教育するという意味があるのです。

 第5章で「7枚のヴェール」に関するエピソード等を紹介していますが、西澤先生の「経営する」心は、少なくとも6つの顔と対応する言動を使い分られていたと筆者は推定しています。誰にも見せなかった7つ目の顔も存在していたと推測しております。

 一つ目は、外部のお客様に見せる顔と言動です。二つ目は、マスメディアの取材時に見せる顔と言動です。1985年の「NHK特集光通信に賭けた男~独創の科学者・西澤潤一~」では筆者を厳しく指導する場面が放映されますが、この番組で発せられた言葉には、先生の哲学を示すキーワードが散りばめられていました。番組での言葉は、視聴者である若い研究者へのメッセージであり、先生の演出と思われます。三つ目は西澤研究室の学生や院生、卒業後も引き続き指導を受けている卒業生等の研究スタッフに見せる顔です。総じて、第2の顔の場合よりも厳しい口調になるのが常でしたが、周りに研究スタッフがいるときと、一対一のときでは、状況に応じて先生は言葉を選ばれ、教育的な演技の使い分けがありました。四つ目は長幼之序に依拠した先輩へ見せる顔と言動で、五つ目は西澤道場と称された非営利財団法人の研究所の事務スタッフへ見せる顔と言動です。一つ目から五つ目までの外向けに演じられた顔においては、先生は本当のことを直接的に言うのを避けていたように思われます。

 法隆寺専属の宮大工の棟梁西岡常一氏は、「鬼の西岡」と呼ばれていた伝説の人物です。西岡氏の弟子であり薬師寺東塔を全解体修理した宮大工石井浩司氏は「私にとっては優しいおじちゃんであった」と述べています(2024年8月31日NHK総放映『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 祈りの塔1300年の時をつなぐ国宝薬師寺東塔 全解体修理』)。一つ目から五つ目までの顔とは異なり、愛情にあふれた内向けの六つ目の優しい顔があることに気が付くまでに、筆者には15年という長い年月が必要でした。

 「英国人は10回試してすべて合格したとき初めて人を信頼する。信頼できない人に本当のことを安易に言うな」という指導をしました。1991年にNHKが放送した『電子立国日本の自叙伝』で取材に来たディレクター相田洋氏は、筆者の顔を見ていきなり1985年の放送に言及し「あの指導は相当な信頼関係が無ければできない」と、先生の教育の本質を看破されていました。

 第1部第1章~第4章では、先生が命がけで築いてきた財団法人における特許の権利化やその根底にある財務状況、並びにこの過酷な財務状況の中で実践されていた独創研究について解説します。第2章では弟子に答えを教えずに理由を考えさせる教育を紹介します。「なぜ大学教授がそんなに裁判をして争うのだ?」というような多くの誤解が先生にはありました。西澤道場は、特許を収入源とする財団法人で、先生にとって研究と指導の理想郷でした。謙虚で控えめな先生は、四つ目と五つ目の顔となる先輩(財団法人の理事)とスタッフには「解散したくない」との主張をせず、財団法人は2008年に解散に至ります。先生は本当のことを直接的に言わないが、その心を分かって欲しいと考えていたようです。しかし、第3章で紹介するように弟子のY教授とZ教授の裏切りに会います。

 道場における研究の経営は第3章でVEの観点から説明しますが、「如何にしたら研究費用を低減できるか」という方法論に先生の苦労がありました。小学校の低学年に計算機を持ち込むことに先生は反対でした。第3章では、「1+1=2でよいのか」と考えることが独創研究の芽に繋がるという教えを紹介します。孟子は、卷十四盡心章句下において「悉く(ことごとく)書を信ずれば則ち書無きに如かず(孟子曰:「盡信書,則不如無書。)」と教えています。書物を読むときには、批判的な視点が必要である、ということですが、先生は教科書には間違ったことがたくさん記載されていると言われていました。第4章で紹介する既存の理論を否定若しくは拡張する独創研究は、AIが最も不得意なものです。第4章で紹介する「独創研究は実験装置から独創的でなければならない」という先生の哲学は、是非若い研究者に踏襲して欲しい方法論と考えます。

 西岡氏は弟子の石井氏に「創建当時の工人の心になって仕事をしなさい」と指導したそうです。若き研究者は、戦後の日本の復興期に苦労した独創研究者の心になって仕事をする必要があると思います。

 先生のご他界後に知ったのですが、菎蒻芋は中国語で「魔芋」と書きます。悪魔が舌を突き出しているような様子を喩えて名付けられた俗称とも言われています。先生から蒟蒻玉と言われた筆者が著した第1部の内容は、以下のとおりです。先生は、「蒟蒻玉」とは、いくら串で突き刺しても、一向に形が崩れない「言うことを聞かない弟子」という意味だと説明されました。筆者は諸般の事情により1994年に先生の元を去り、結果的に裏切り者の一員になってしまいました。先生から何度も刺された串は「信頼と裏切り」の間のリトマス紙であったように思われます。

-第1部の目次-

第 1 章 「虎の穴」西澤道場19
 第1節 東北大学から独立した財務経営19
 第2節 研究を経営する21
 第3節 西澤道場の同期生の新技術開発事業団22
 第4節 自分の給与は自分の研究で稼げ22
 第5節 西澤は 3 度「首つり」を考えた24
 第6節 なぜ大学教授がそんなに訴訟をするのか25
 第7節 ついに幻となった理想郷27
 第8節 虎の穴での人材育成の理想は頓挫したのか?28

第 2 章 道場における実践30
 第1節 叱った理由を言わず、その理由を教え子や道場生に考えさせる30
 第2節 10~20 年先に、はっと悟るぐらいの指導が理想である.42
 第3節 自分の頭の中に論理のジャングルジムを構築せよ52
 第4節 貢献度表による評価57

第 3 章 道場の研究経営戦略62
 第1節 金のないところでモノを造って見せるのが教育62
 第2節 西澤の自由度を与える指導の誤算69
 第3節 独創技術を尊重しない産業界への警鐘71

第 4 章 道場の理念75
 第1節 世界市場における優位性をどのようにして勝ち取るか75
 第2節 教科書に書いてあることを鵜呑みにするな82
 第3節 何ごともオールマイティたれ99
 第4節 独創研究は失敗してはならない108
 第5節 独創研究の系譜113
 第6節 日本経済低迷の根本原因116

第 5 章 研究と指導における愛124
 第1節 天狗になるな124
 第2節 ユダヤ古代誌のサロメ125
 第3節 指導の勁さとは何か126
 第4節 前田孝矩先生の「工」の字の解説127
 第5節 宮沢賢治の法華経観128

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

鈴木壯兵衞
専門家

鈴木壯兵衞(弁理士)

そうべえ国際特許事務所

外国出願を含み、東京で1000件以上の特許出願したグローバルな実績を生かし、出願を支援。最先端の研究者であった技術的理解力をベースとし、国際的な特許出願や商標出願等ができるように中小企業等を支援する。

鈴木壯兵衞プロは青森放送が厳正なる審査をした登録専門家です

お知らせ一覧に戻る

プロのおすすめするコラム

プロのインタビューを読む

青森の新産業創出を支援し知的財産を守るプロ

  1. マイベストプロ TOP
  2. マイベストプロ青森
  3. 青森の法律関連
  4. 青森の特許・商標・知財
  5. 鈴木壯兵衞
  6. お知らせ一覧
  7. 信頼と裏切りの間で教育し独創研究する心を論じ、半導体の復活を願う『西澤潤一・人間道場』の出版

鈴木壯兵衞プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼