日本舞踊稽古で伝えたいこと 〜着物について〜 尾上菊右佐
最近の習いごと事情
大人の習いごとと違い子どもの習いごとは、ほぼ大人である保護者が決めることが多いことでしょう。
今の主流は、小学校へ行き困らないための体操教室や授業で習うヒップホップだそうです。
今やピアノやバレエも以前ほどの勢いはないと町の噂で耳にします。
バレエがそれほどの人気がなくなっている今、日本舞踊の習いごとはかなりのハードルの高さがあります。まずは着物や浴衣を着なくては日本舞踊は始まりません。足袋も最低限揃えていただくものになります。
道具を揃えていただくにあたり、どの店で購入できるかも情報提供しなくては購入そのものも難しいです。
お道具のお話
基本は、浴衣、半幅帯、白い足袋。この3点を揃えてもらいます。
特に半幅帯に関しては、すぐに購入せずに貸出をします。その間に、おじいちゃんおばあちゃんの家に浴衣や帯があるかを聞いてみるようにおすすめします。すると大概次の稽古の際には、帯があった!と嬉しそうに報告してくれるお子さんが沢山います。もちろんおじいちゃん達も大変嬉しそうな様子も伝わってきます。貴重な異世代交流です。
着物、帯
まずは浴衣や着物を着てみます。そして半幅帯を結べるようになります。
この時すでに保護者の大半は、スゴイ!と褒めてくれます。
子どもの柔軟性は素晴らしいもので、あっという間にスイスイと和服に着替えることができるようになります。時には凝ったデザインのワンピースの方が難しそうに着て、先生後ろのホック手伝ってください。などど言われて吹き出してしまいます。
おじぎ
次に保護者がびっくりすることは、おじぎです。
お稽古では来た時と帰る時に、コートや帽子、手袋などを脱ぎ、おじぎをします。
年配の弟子が、年頃の息子のお嫁さんになる方が訪問した際に、コートを脱いで手にかけて外で待っている姿を見て、「ああこの方がお嫁さんになる!」と嬉しくなったそうです。
その話を聞いて、このような場面でこんなに人を幸せにできるかもしれないと思うと、日本舞踊は子どもの習いごととしては、学校では教えてくれないことを知るきっかけでもあると感じます。
おさらい会
年に一度のおさらい会は、それぞれの一年分の成果を発表する舞台です。
着物を自分で着られるようになりたい小学生、綺麗な日本髪を結いたい小学生、人の着物を着せたい中学生、級取得を目指して頑張っている小学生、昨年よりも大きく踊りたいと願う高校生、役者を目指す大学生、目的は皆まちまちで、目標もまちまちです。
舞台では、NO1は存在しません。上手い下手はあるのでしょうが、それ以上にそれぞれの個性が際立っているため、着物姿で綺麗に立っている姿ことで拍手喝さいを浴びている子もいるし、昨年よりも大きな踊りになったと褒められている子もいます。日本髪が似合うねと話題になる子や感情をよく表現していたねと言われている子などなど、あらゆる角度からの褒め言葉があり、誰かが総合一番になることは有り得ないことがわかります。
私の子ども時代
私自身も小さな頃に人と競争することに疲れていたために、日本舞踊と出会い世の中の景色が生き生きと色づいて見えたことを思い出します。ピアノでは一音つっかえても間違ったねと指摘されましたし、そろばんは何級と競い合いました。習字も書くと貼り出されて、やはり何級といつも級がついてきました。
日本舞踊の舞台では、
着物が似合うね。
手先が綺麗ね。
お辞儀が綺麗だった。
背中がしゃんとしていたね。
楽しそうだった。
一重の目が似合うね。と今まで自分が嫌いだった一重まで褒めてもらえるようになりました。
初めての舞台で大人達がまるでお祭り騒ぎのように嬉しそうにしていることが、それまで目立たなかった私には夢のような心踊る忘れられない時になりました。
アイデンティティ
小学5年生で始めた日本舞踊が、いつからか自分のアイデンティティになっていました。
着物が大好きなこと、自分で着られること、そして日本舞踊を踊り舞台で発表できること。
自分とは何ぞや、と悩む思春期の頃には、私と日本舞踊は切っても切り離せない体の一部のような存在に成長していました。
変化
猫背だった背中は、いつの間にか空へ向かい伸びるようになっていました。
舞台の場数を踏むにつれて、自分の意見をはっきりと言えるようになっていました。
自分が強くなるにつれて、悪口を言う必要がなくなって、周りの人に優しくなれるように待つことを覚えました。
自己肯定感
その頃に自分が何故変化したかはわからなかったのですが、大人になり師匠になった今ははっきりとわかります。自己肯定感が育ったのです。人と競争して勝っても次に負けたら結果は負けですが、この自己肯定感というものは、人からの影響によって揺らぐことがありませんでした。
何かをしたから、何かができたからスゴイのではなく、自分自身の存在そのものが大切と思えるようになったのです。
弟子達が次々に自己肯定感を身につけています。
親から褒められたからではなく、友達から賛美を浴びたからでもなく、師匠から褒められたからでもなく、日本舞踊を通していつの間にか自分の存在こそが大切なものとわかったのです。
尾上菊右佐稽古所
何故か子ども達がとても多いです。舞台は華やかですねと声をかけていただくことが多いです。
地域の「町田子どものための日本舞踊教室」や「小学校放課後日本舞踊教室」を10年以上続けていることも理由のひとつかもしれませんが、弟子達はほとんど辞めずに続いています。
もしかして?日本舞踊は子どもの習いごとにとても適している習いごとかもしれないと思うこの頃です。