人前が苦手でも教える仕事で起業できる?
役職定年は終わりではなく準備の入口
――新井さん、役職定年で時間ができた50代から「定年後に備えたいけれど、何から手をつければいいか分からない」という相談は多いのでしょうか?
新井:多いですね。役職定年を迎えると、給与や肩書きは変わります。一方で、以前より少し時間が戻ってくる方もいます。ここを「暇になった」と受け取るか、「次の収入の柱を育てる準備期間」と受け取るかで、定年後の景色はかなり変わりますよ。
――肩書きが外れる寂しさもありそうです。
新井:あります。会社の中での役割が変わると、自分の価値まで下がったように感じる方がいます。でも、そこで立ち止まるのはもったいない。長年の仕事で身についた段取り、判断、調整の力は、会社の外でも使える材料です。役職定年は終わりではなく、会社の外に自分の経験を移す練習を始める時期と考えてほしいですね。
最初に見るのは資金より残り時間
――起業準備というと、まず「いくら必要か」を調べたくなります。
新井:気持ちは分かります。ただ、50代の準備では、お金の計算より先に時間の計算をしたほうが現実的です。たとえば55歳で役職定年を迎え、65歳まで働くなら10年あります。長いように見えますが、収入の柱を一から育てるには、ぼんやり使うとすぐ過ぎます。
――まず残りの勤務年数を数えるのですね。
新井:そうです。残り年数が見えると、「いつまでに何を試しておくか」が決まります。次に、ねんきん定期便などで年金の見込み額を見て、定年後の暮らしに毎月いくら足りないかをざっくり出します。ここで大事なのは、完璧な家計表ではありません。必要な収入の大きさを、月5万円なのか、10万円なのか、数字でつかむことです。
月5万円の柱なら会社員のまま育てられる
――不足額が見えると、目標が小さくなることもありますか?
新井:むしろ、そのほうが多いです。「定年後の起業」と聞くと、店舗を借りる、大きな投資をする、人生を賭ける、という発想になりがちです。でも、毎月あと5万円あれば安心できるなら、話は変わりますよね。月5万円の柱は、会社を辞めずに、空いた時間で試しながら作れる規模です。
――大きく始めなくていいと分かるだけで、少し安心します。
新井:はい。最初から大きな売上を狙うと、準備が重くなります。反対に、月5万円なら「誰の小さな困りごとを、いまの経験で手伝えるか」という問いに変えられます。経理を長くやってきた人なら月次の整理、生産管理をしてきた人なら納期遅れの段取り相談、営業管理をしてきた人なら提案資料の見直し。会社では当たり前だった仕事が、外では十分に価値になります。
肩書きではなく困りごとに翻訳する
――ただ、自分の経歴をどう売ればいいのか分からない方も多そうです。
新井:そこが一番つまずきやすいところです。「部長でした」「管理職でした」と言っても、相手は何を頼めるのか分かりません。会社の肩書きは、外ではそのまま商品名になりにくい。だから、肩書きを困りごとに翻訳します。
――困りごとに翻訳する、ですか。
新井:たとえば「生産管理25年」ではなく、「納期遅れが続く小さな工場の段取りを整える」と言う。これなら、困っている相手が自分ごととして受け取れます。経験を並べるより、誰のどんな場面を楽にできるかを言葉にしたほうが伝わりますよ。
――自分の経験を、相手側の言葉に置き換えるのですね。
新井:その通りです。50代の強みは、派手な新技術よりも、現場で失敗も含めて見てきた厚みです。若い人のスピードと比べる必要はありません。むしろ、相手が安心して相談できる落ち着きや、先回りして詰まりを見つける力が価値になります。
情報収集だけで終わらせない
――役職定年後の時間ができると、つい本や動画で学ぶ時間が増えそうです。
新井:学ぶこと自体は悪くありません。ただ、情報を集めるだけでは収入の柱は育ちません。最初の段階で必要なのは、きれいな計画より小さな反応です。知人に「こういうことなら手伝えます」と言ってみる。昔の取引先ではなく、利害の薄い相手に困りごとを聞いてみる。5人に聞けば、言葉のズレが見えてきます。
――いきなり売り込むのではなく、反応を見るわけですね。
新井:そうです。50代の方ほど、最初から完成形を出そうとします。でも、会社の外では最初から完璧でなくていい。むしろ、小さく出して、相手の反応で直すほうが早いですよ。役職定年で戻ってきた時間は、学びだけで埋めるのではなく、人に聞き、試し、直す時間に使ってください。
今日やることは3つで十分
――最後に、今日から動くなら何をすればいいでしょうか?
新井:3つで十分です。1つ目は、定年までの残り年数を書く。2つ目は、年金見込み額と生活費の差をざっくり見る。3つ目は、自分の仕事経験を「誰の困りごとを軽くできるか」という形で3つ書き出す。この3つができれば、次に試す相手が見えてきます。
――大きな決断より、足元の整理からですね。
新井:そうですね。定年後に急に何かを始めるより、役職定年で時間が戻った今から小さく試すほうが、ずっと安全です。会社にいる間に反応を見て、月5万円の種を育てる。それができれば、定年は終点ではなく、次の働き方へ移る通過点になりますよ。
――焦らず、でも先送りもしない。50代の時間の使い方が変わりそうです。ありがとうございました。
新井:こちらこそ、ありがとうございました。
起業家インタビュー(聞き手:伊藤純子)
新井一氏プロフィール
起業18フォーラム代表。「会社員のまま6カ月で起業する」方法を伝える起業支援キャリアカウンセラー。キャリア26年以上の実績を持ち、延べ60,000人の会社員の起業をサポート。会社員時代に始めた事業で培ったノウハウ、多数の起業家を生み出してきた実践的技術を武器に、起業支援&集客マーケティングの専門家として活動中。
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