【中小企業AI導入事例 第1回】業務時間60%削減を9ヶ月で実現した老舗インフラ企業の取り組みとは
無料AIツールが、中小企業の現場を変えはじめている
「AIを導入したいが、高額なシステムを入れる余裕はない」――。 地域の中小企業を支援していると、必ずと言っていいほど耳にする悩みです。
しかし近年、ChatGPTやNotebookLMをはじめとする無料で使える生成AIツールが急速に普及し、中小企業にとっての導入ハードルは劇的に下がりました。いま本当に重要なのは、高額な専用システムを入れることではなく、こうした汎用的なツールをいかに自社の個別具体的な課題に適合させ、実利を生み出すかという「活用の知恵」です。
私はこの考えのもと、静岡県掛川市の佐々木製茶株式会社様のDX推進を支援してきました。その取り組みは、製粉業界の業界誌『製粉振興』(2026年5月号)にも事例として寄稿させていただいています。本稿では、現場で実践した具体的なAI業務効率化の事例と、そこで生まれた余力を活かしたAI×デザインによる営業戦略の立案までを、一連の流れとしてご紹介します。
100年企業・佐々木製茶との出会い
佐々木製茶様との出会いは、2025年3月に東京で開催された日本最大級の食品展示会「FOODEX JAPAN」でした。展示会ブースでの名刺交換をきっかけにオンライン面談の機会をいただき、「人手不足」や「技術継承」といった深刻な課題に対して、AI活用による業務改革への強い熱意をお持ちであることがわかり、ご支援が始まりました。
同社は約150の農家が共同出資により大正10年(1921年)に設立された、100年を超える歴史を持つ企業です。組織は大きく次の3部門で構成されています。
農園部門:茶園の管理に加え、茶葉の閑散期における収益源の多角化を目的としたイチゴ栽培(ビニールハウス栽培)も展開
製造部門:蒸し・揉み・火入れ・ブレンド・パッケージングなど複数の工程を経て製品化。香味を左右する重要工程は、長年の経験と勘を持つ「茶師」が担う
販売部門:卸売・小売に加え、直営店舗やカフェ「茶の庭」を運営し、消費者との直接的な接点を担う
農林水産大臣賞をはじめ数々の受賞歴を持つ確かな品質と技術。その伝統を大切にしながら、新しい挑戦も積極的に取り入れる――そんな企業文化が、AI活用の土壌にもなっていました。
100年企業が直面していた、3つの構造的課題
ヒアリングと現場視察を通じて見えてきた経営課題は、大きく3つありました。
需要増と供給不足のジレンマ:世界的な抹茶ブームを背景に日本茶の需要は急増。緑茶全体の輸出量は2013年の約2,900トンから2023年には約7,500トンへと2.5倍以上に拡大しました。一方で国内の茶園面積は1980年の約6万ヘクタールから2023年には約3万6千ヘクタールへと約41%縮小。「売れるのに、売る茶葉が足りない」という構造的なギャップが生まれていました。
気候変動による生産の不安定化:2025年夏の記録的な猛暑は茶葉の生育に深刻な影響を与え、収穫量の減少と原料単価の高騰に直結していました。
労働人口の高齢化と人材確保難:生産者の高齢化と後継者不足に加え、繁忙期の深夜作業が常態化し、現場の労働負荷は限界に達していました。
需要を取りこぼさず売上を伸ばすには、「効率的な生産」と「人手不足への対応」を同時に実現する構造改革が、待ったなしの状況だったのです。
そこで私たちはまず、無料・安価なAIツールを使った「守りの効率化」から着手しました。
AIを活用した4つの業務効率化の実践
現場ヒアリングの結果、「紙ベースの情報共有」と「技術伝承の難しさ」が主要課題として浮き彫りになりました。これらを解決するため、以下の領域でデジタル化・AI活用を進めました。
取り組み1:技術伝承のデジタル化(NotebookLM)
「茶師の経験と勘」という暗黙知を、AIで形式知へ変換する取り組みです。
茶師へのインタビューを録音・文字起こしし、感覚的な技術論を言語データとして抽出
過去の気温・湿度・火入れ温度・茶葉の種類などが記録された膨大な手書きデータを、OCR(画像認識)でデジタル化
これらをGoogle NotebookLMに学習させ、専用のナレッジベースを構築
結果として、「今日の気温なら過去の類似条件は?」といった問いに自然言語で検索できる仕組みが完成。熟練の技術を次世代へ継承するリスクを大きく低減できました。
取り組み2:職員による自発的なAI活用(ChatGPT/生成AI)
私たちが最も大切にしたのは、外部コンサルタントがシステムを押し付ける「やらされるDX」ではなく、現場の担当者自身がツールを使いこなす「自分たちのDX」です。無料の生成AIやクラウドツールの使い方を全従業員にレクチャーしたところ、現場から次々と自発的なアイデアが生まれました。
蒸工程:冷蔵庫の棚位置情報をスプレッドシートに入力し、スマホからリアルタイムで棚卸し・位置共有する仕組みを現場担当者が自ら構築
苺農園:紙で共有していた複雑な規格情報をNotebookLMに学習させ、新人向けの説明動画を自動生成
経理業務:毎月大量に届く納品書の手書き転記作業を、AIで自動集計・デジタル化し、単純作業の時間を大幅削減
経営管理:過去の売上推移を可視化するダッシュボードを作成し、全員が数値目標と現状をリアルタイムに共有
社員の発表を聞いた社長が「ここまでできるようになったのか」と驚かれ、組織全体の自信醸成につながったことは、何よりの成果でした。
取り組み3:在庫管理のデジタル化(Googleスプレッドシート)
パッケージング工程の在庫管理はすべてアナログで、記載ミスや読み間違い、実在庫とのズレ、さらには「言った言わない」の責任問題まで発生していました。
これをクラウド上の共有ワークシートへ完全移行。現場でタブレットから入力し、リアルタイムで共有、入力履歴も自動記録されるようにしました。その結果、転記ミスが激減し、責任の所在が明確化。「誰が間違えたか」という犯人探しがなくなり、人間関係の摩擦が解消されて、職場の心理的安全性が向上しました。効率化だけでなく、働く環境そのものが改善したのです。
守り(Science)で生んだ余力を、攻め(Art)へ
これら「守りの効率化」によって生み出された時間とゆとりを、次は売上に直結する「攻めの戦略」へと再投資していきます。これが、私たちAGO MARKETINGが掲げる「Art & Science」アプローチの核心です。
ここで取り組んだのが、佐々木製茶様がもともと抱えていた営業リソース不足という課題でした。需要は伸びているのに、それを戦略的に営業へつなげる人手と「考え抜く時間」が足りない――。この壁を、AIで突破しました。
DEEPVoice──「AI×デザイン意識」で営業戦略を立案
営業戦略の立案に活用したのが、自社で開発した「DEEPVoice」というAIアプリケーションです。
DEEPVoiceの特徴は、単なるデータ分析にとどまらず、デザイン思考(人間中心の「共感」アプローチ)とAIの「論理・演算力」を掛け合わせる点にあります。具体的には、
生成AIを活用してSNS・Web上の膨大な投稿から消費者の「本音(VoC)」を収集
表層的なニーズだけでなく、文脈に含まれる感情や潜在的な願望、心理的ハードルまでをAIが分析・言語化
そこから「誰に・何を・どう届けるか」という営業戦略の骨格を、スピーディかつ精度高く描き出す
この分析を通じて、佐々木製茶様の顧客には「選択への誇り」「自己投資」「特別な日常」「絆の強化」という4つのインサイトがあること、そして「高品質なお茶への憧れはあるが、正しい淹れ方が分からず失敗するのが怖い」という心理的ハードルを抱えていることが見えてきました。
ここから、「商品ありき」から「顧客起点」へと発想を転換。単に茶葉を売るのではなく、淹れ方ガイドを同封した季節の定期便や、テイスティング・ワークショップなどの「コト消費」体験を提供する――といった、価値体験ベースの戦略へと落とし込みました。
人手が足りないからこそ、限られたリソースを「どこに集中させるか」の見極めが重要です。DEEPVoiceによって、本来なら膨大な時間と人員を要する顧客分析と戦略立案を大幅に圧縮できました。この戦略は社長にもご報告し、ご承認をいただきました。営業リソース不足に対して、「人を増やす」のではなく「AIで考える力を補う」という形で突破口を開けたのです。
戦略から「商品開発・デザイン提案」へ、AIをフル活用
承認された戦略は、絵に描いた餅では意味がありません。現在は、この戦略をベースに商品開発や商品デザインのご提案まで、踏み込んだ支援をさせていただいています。
ここでもAIをフル活用しています。たとえば、
戦略から導き出したコンセプトをもとに、AIで商品デザインのサンプルを複数パターン生成
そのビジュアルをたたき台に議論を重ね、方向性を素早くすり合わせ
試作・検討のサイクルを高速で回す
従来であれば、デザイナーへの依頼や試作に多くの時間とコストがかかっていた工程を、AIで一気に短縮。「とりあえず形にして見てみる」ことが容易になり、意思決定のスピードと精度が格段に上がりました。
顧客インサイトの分析 → 営業戦略の立案 → 商品開発 → デザイン提案まで、その全工程でAIを"道具"として使いこなす。これこそが、リソースの限られた中小企業がいま手にできる、現実的かつ強力な武器だと確信しています。
おわりに──中小企業のDXは「活用の知恵」で決まる
佐々木製茶様の事例が示すのは、高額なシステムがなくても、AIは現場を変えられるという事実です。
NotebookLMやChatGPT、スプレッドシートといった無料・安価なツールで「守りの効率化」を進め、そこで生まれた余力を「攻めの営業戦略」へ再投資する。大切なのは予算の規模ではなく、自社のどの課題に・どう適合させ・どう実利につなげるかという「活用の知恵」です。
そしてDXの本当の目的は、単なる効率化ではありません。過酷な作業から人を解放し、より創造的で人間らしい仕事に時間を使えるようにすること――「人が輝く環境」を創ることにあると、現場での経験を通じて確信しています。
「AIに興味はあるが、何から始めればいいかわからない」 「人手不足のなかで、どう戦略を立てればいいのか」
そうした課題をお持ちの企業様こそ、一度ご相談いただければと思います。最初の一歩は小さくても構いません。ひとつの部署、ひとつの業務から始める小さな成功体験が、組織全体の変革につながります。貴社の現場に寄り添いながら、"使えるAI活用"を一緒に設計していきます。
※本記事は、業界誌『製粉振興』2026年5月号 掲載の寄稿「無料AIツールで現場が変る ~静岡・佐々木製茶における4つのDX実践事例~」(吾郷 潤)、および当社セミナー資料の内容をもとに再構成したものです。


