第4章 欲望とa 『3.幸福とは』
【精神分析は精神科学に基づき心の病を癒し人間の謎を解き明かす】
第6章 宇宙へ
『1.大団円』
地球運命共同体

今やのんびりと安穏に我が身の明日を想い巡らすことが出来なくなった。それは地球運命共同体になってしまったからである。個人の生命よりも地球上の環境が、人類が生き延びていけるそれにはならなくなってきたことが確実になってしまったからである。
明日の我が身より、明日の地球の運命の方が優先してしまったのだ。その証拠に、日本近海のすべての個所で水温が1.5倍に上昇し、ホタテ、鮭、牡蠣が6~9割死んでしまい、獲れない事態が起きた。魚も学習の生物で親世代が壊滅してしまうと、産卵から生息していくまでの生き方を、学べなくなり、棲家を探せなくなり、致命的生存の危機におそわれ、日本近海から魚や貝が無くなる恐れが、最早避けられない現実になりかけている。その兆候は確実に現れている。
アナログ時代に遡る

そんな状況下で、明日の鮭もいくらも口に入らなくなりそうな現実を前に、我々はどんな明日を想い描けばいいのか。存在論は生存論に取って代わった。何の為に生きるのかではなく、生き延びる為にはどうしたらいいかに。
金輪際、娯楽の為のエネルギーは一切排し、TVやネットのない、スマートフォンもない、PCの必要のないアナログの時代に遡るしかない。多少の不便は、労力でカバーし、人と人とがフェイスtoフェイスで向かい合い、言葉で伝え合う、昭和の時代に戻ればいいのだ。
きっとのんびり、ゆっくり、そして穏やかな社会になり、人はもっと時を大切にして生きていくことが出来るだろう。昭和の世代は、そのまんま昭和を身をもって生きて来たのだから、唯戻るだけで、何の不自由もない。
疲弊していく地球に我々は何が出来るのか

今でも、私は現金と健康保険証だけで生きている。特に不自由は生じない。ということは昭和を生きているということになる。不便を感じない普通の生活をしていられる。何の努力も工夫も要らずに、普通に生きている。唯一恩恵を感じていることは、本屋とレコード店に行かずに、本とレコードが手に入ることである。世界中からレコード、CDなどを手に入れられる。これは驚異であり、便利である。
交通機関も車以外使わないので、プリペイドカードは持っていない。すべて現金である。通販も代引きがあるから、カードは使わず、ETCのみに使うだけ。可成り現代社会から外れて生きている気はしている。特に世代間ギャップは甚だしい。ほぼ理解不能の宇宙人になっている、20代30代は。
同世代は老人すぎて、これも共感性を欠き、連帯感はない。その為、私は孤立し、離れ小島に独り生活している様で、静かな日々を送っている。毎日毎日セラピーし、何かを執筆し、精神科学の真理を悟り、世界平和と知に目覚めるように祈り、空海やフロイト、ラカンと共に生きている。
予想以上に疲弊していてスピードが早くなった地球環境をくい止める術は、既に失い、手遅れの状態に陥った地球に我々は一体何が出来るのかを、人類一丸となって考えなければならない状況に至っている自覚を持つべきだ。今持たなければ本当に戻れない事態になるのは必至である。
未来に訪れる悲惨な大団円

個を論じても今となっては虚しい。
個人の幸福の追求の時代は終わったのだ。人間同士殺し合い、自然を破壊し、地球をメチャクチャにしている現代人は一体何者なのだ。どうして普通に生活していけないのか。一体何が人間の心を破壊してしまったのか。破壊を容認する人類は、破壊と我が心を同一視できるから、放って置くことが出来るのだ。世界と自分の心が鏡なのである。共に互いを映し出し同一であるため、何の疑問も抱かずに、現状を良しとしてしまい、異議を唱えないのである。
これから生まれ来る子供達に未来はない。訪れるのは、悲惨な大団円だけである。その未来を人々は楽観論で見ないように目をそむけているとしか思えない。現実はもうそこまで迫って来ている。その現実とは、終末である。
それまで何をし、どう生きればいいのか、独り独り考える時が来ている。これからの一瞬一瞬は、掛け替えのない時であることを噛み締めながら過ごしたい。
5-6『ゆとり』⇦
➩ セラピストの格言
➩ 精神分析家の徒然草




