九九の覚え方(10)(九九ができない大学生を作ってしまう九九暗記の落とし穴)
以前にも書きましたが、九九暗記は陳述記憶(事実や考え、出来事に関する記憶。これは言葉による表現や視覚イメージとして記憶します。)です。この記憶は間違いや歪曲に弱く、不完全であるという特徴を持っています。
『記憶のしくみ 上』(ラリー・R・スクワイア、エリック・R・カンデル共著 講談社ブルーバックス 2013年)212ページに次のような文章があります。
「陳述記憶の不完全性 記憶は出来事を忠実に保存できない
我々はしばしば予想に反してうまく思い出せないことがある。記憶はもろいということは万人が経験するところである。我々はある出来事を覚えようとしたにもかかわらず、完全に忘れることがある。また、我々は、ある出来事を初めに正確に把握し、よく理解したと確信しているにもかかわらず、不正確にしか記憶していないこともある。ひとたび時が経つと、何が起こったかという記憶はぼやけたり不正確になったりする。このような記憶の不完全性は、記憶がどのようにはたらくか、また、記憶はどんな仕事に向いているのかを考えることによってもっともよく理解できる。
記憶は後の閲覧のために忠実に出来事を保存するテープレコーダーやビデオカメラのようにはたらくものではない。そうではなくて、想起は先に述べたように、利用できる断片から筋の通った全体像を組み立てるものである。たとえば、人々はある物語を思い出そうとするとき、でっち上げたり、いくつかの部分を削除したり、別の部分を織り込んだりする。そして、意味が通るように情報を再構成しようとする。一般に、記憶は我々が遭遇したことについて、文字通りの記録を保持するのではなく、その意味を引き出すようにはたらく。ミネソタ大学のジョン・ブランス フォードとジェフリー・フランクスによっておこなわれた実験では、被験者は以下の文のセットを読んだ。
1.アリはテーブルの上の甘いゼリーを食べた。
2.岩は山を転がり落ち、小さい小屋を粉々にした。
3.台所にいたアリはゼリーを食べた。
4.岩は山を転がり落ち、森のそばの小屋を粉々にした。
5.台所にいたアリはテーブルの上にあったゼリーを食べた。
6.小さな小屋は森のそばにあった。
7.ゼリーは甘かった。
それから被験者はいくつかのテスト文を読み、それぞれ、それと全く同一の文をすでに読んでいたかどうか答えてもらった。たとえば、彼らはつぎの文を読んだ。
1.台所にいたアリはテーブルの上にあったゼリーを食べた。
2.アリは甘いゼリーを食べた。
3.アリは森のそばにあったゼリーを食べた。
被験者は三番目のテスト文を新しいものと容易に認識した。しかし、最初の二つの文を同じように以前に読んだものだと判断した。実際には一番目の文だけが以前に読んだものであるが、被験者はどうやら読んだ文の意味を抽出し、同じように正しい考えを表現した文を区別することができなかったと思われる。」
ここから言えることは子供が九九暗記をするときは、短期間に正確に内容をコピーしているわけではない、符号化してしているわけではない、ということです。大まかな内容を抽出しているということです。九九暗記の記憶はデジタルではなく、アナログ系の記憶であることが分かります。したがって九九暗記の初期に一度正確に暗唱できたからといって安心してはいけないことになります。正確に暗唱できているか、何度も何度も執拗に確認しないと、不正確な符号化をしてしまう可能性があります。また8×8=64を「葉っぱ虫」と意味のある表現に置き換える方法は理にかなっていることも分かります。
先ほどの引用文の続きを読んでみましょう。
「曖昧なイメージ
実際、誤りはいかなる時点においても、記憶に取り込まれる可能性がある――符号化や貯蔵や 想起の間のどこででも。ライス大学のヘンリー・ロディガーとキャスリーン・マクダーモットは志願者に単語のリスト(キャンディ (candy)、酸っぱい (sour)、砂糖(sugar)、歯(tooth)、ハート(heart)、味(taste)、デザート (dessert)、塩 (salt)、スナック(snack)、シロップ(syrup)、食べる(eat)、風味(flavor)を聞かせた。数分後、被験者はリストにあったできるだけたくさんの単語を書き出すように指示された。その後、彼らはより長い単語リストから聞いたことのある単語を選ぶように言われ、そして、それぞれの場合においてその単語が聞いたものであるかについてどの程度自信があるかを示すように言われた。
被験者の40パーセントが、sweet という単語はリストになかったにもかかわらず、書き出した。さらに驚くべきことに、リストからの単語が他の単語とともに提示されたとき、84パーセ ントの被験者が以前に聞いたことがある単語としてsweet を認識し、彼らのほとんどは単語がリストに実際にあったと自信に満ちて答えた。比較すると、実際にリストにあった単語は86パーセント正確に認識された。このように、被験者はリストに実際にあった単語と、実際にはなかったがリストの単語に関係がある単語 (sweet)とを正しく区別することができなかった。この実験は、一度も起こったことがない何かを覚えているということが可能であることを示している。 推定上、学んだリストにある単語(すべて、sweet という単語に密接に関係している単語)は、 学んだときあるいは記憶テストのどちらかで、sweet という単語を思い起こし、そして被験者はたんに思い起こした単語を実際に聞いたものだと勘違いしたのだ。この注目すべき結果が示すのさは、実際の出来事の記憶とイメージされただけの何かとを区別するのは、ときには難しいということである。」
九九暗記の場合で考えると、九九暗記も何らかのイメージに左右されている可能性があるということです。
以前にも引用しましたが、ベネッセ教育総合研究所の調査結果を見てください。
https://benesse.jp/kyouiku/201610/20161028-1.html
6×8と8×6、7×4と4×7、4×8と8×4がセットで出てきます。当然どちらかの九九が出てきたとき、他方も頭の中で想起しているからこうなるのです。私自身よくします。例えば7×9=の答えが思い浮かばなかったとき、9×7=63を思い浮かべて7×9=63とする具合です。したがって片方の九九を間違えるともう片方も間違える可能性が多くなります。一つの符号化ミスが2つの符号化ミスに倍増する可能性のあることが分かります。イメージがデジタルではないため、一つのイメージが別のイメージを呼び起こしミスを倍増させていることになります。
さらに引用文の続きを読んでみましょう。
「陳述記憶の不完全性――記憶は歪曲されやすい 子供はつくり話の天才
子供は特にこの種の影響を受けやすい。コーネル大学のスティーヴン・セシらによる有名な一連の研究がある。三歳から六歳の未就学児が週に一回大人からインタビューを受ける。その前に、子供の両親は、子供の生活においてこの一年の間に起こったポジティブな出来事とネガティブな出来事の例を提供した(たとえば、休み中の旅行、新しい家への引っ越し、何針か縫う程度のけが)。インタビューでは、両親からの情報に基づいて、いくつかの本当の出来事と決して起こらなかったことについて、考えるようにと頼んだ。特に、それぞれの出来事が持ち出されたときに「それが本当に起こったかどうか思い出すようにしなさい」と言った。 10週目の終わりに、子供は別の大人によるインタビューを受けた。インタビュアーはそれぞれ実際の出来事と架空の出来事を順に指摘し、「これがあなたに今までに起こったかどうか話してください」と頼んだ。返答によっては、インタビュアーはさらに詳しいことを質問した。主な発見は、半分以上の子供が、「クラスメートといっしょに熱気球に乗りに行った」とか「指がネズミ取りに挟まれ、はずすために病院に行った」といったような架空の出来事に関する嘘の体験談を少なくとも一つはつくり出したということだった。全体的に見て、約35パーセントの場合に架空の出来事が起こったと子供は同意した。彼らの返答は確かに出来事が実際に起こったと、たんに断言しただけではなかった。それどころか、関連することをたくさん含めた物語を話し、そのときの顔の表情や感情は物語に適切なものであった。以下は四歳の子供の嘘の体験談の一つである。「僕の兄の Colinは僕から Blow-torch(アクションフィギュア)を奪おうとしたけど、僕はそうはさせなかった。だから、兄は積み上げた薪の中へ僕を突き飛ばした。そこには、ネズミ取りが仕掛けてあったので、僕はそれに挟まれてしまった。それで、病院に行った。病院は遠かったので、パパとママと兄とでバンに乗って行った。そしてお医者さんは僕の指に包帯を巻いたんだ(指を差しながら)」
児童心理学の専門家が物語を話している子供のビデオテープを見たとき、本当の出来事と架空の出来事を見分けることができなかった。子供はいくつかの架空の出来事を実際に経験したと信じているので、物語はもっともらしく思える。実験終了後、一人の子供は、彼の手がネズミ取りに挟まれたということはなかったという母の発言に反抗して言った。「でも、それは本当に起こったんだよ。僕はそれを覚えているんだ」。もしこれが典型的な例であるとするならば、子供は、人をあざむこうとして、嘘をつこうとしたのではなく、実際に起こった出来事と考えて、そう振る舞ったものと思われる。」
これを読むと分かりますように、幼児は記憶能力(私の考えではおそらく符号化能力)が未発達です。したがって年齢が低いほど記憶ミスを起こしやすいことになります。一番最初にご紹介した「九九の歌」で九九暗記をする方法は幼児を対象にすることも多いと思いますが、たいへん危険なことであると考えます。
いったい何歳ぐらいから九九暗記をさせればいいのかという問題がありますが、やはり記憶に関する能力の発達程度を見ることが大切だと思います。私は幼児教育に携わっていますが、生徒の個人差が大きいのが実情です。したがってある課題を幼児にさせようとしたとき、たとえ同年齢であっても、その課題を楽々とこなす幼児がいるのに対して、全く歯が立たない幼児がいることもあります。幼児の発達程度の多くは体の大きさに比例することが多いのですが、(早生まれや遅生まれとか、生まれてからの月数を気にされる方が幼稚園や保育園の先生で多いようですが、私はそれよりも体の影響の方が大きいと思います。)どうしても課題をこなせないときは、数ヶ月から1年くらいの期間を空けて体の成長を待つと、課題がこなせるようになることが多いものです。保育園や幼稚園、学校などではそういうことができませんから、たいへんだと思います。
私が考案した「九九学習システム」(https://sadaemon.jp/)は基本的に小学2年生を想定して作りました。青穂塾の生徒の場合ですと、小学1年生の1学期で楽々こなす生徒がいるのに対して、小学2年生の2学期でも四苦八苦する生徒がいます。幼児でも使うことができますが、実際に使ってみてうまくいかないようでしたら、あまり無理をなさらないほうがいいと思います。しばらく間を開けてみて再チャレンジしてください。